2016年12月14日水曜日

病理の話(28) 病理医の雑用と守備

一般に、「雑用」と呼ばれる仕事をしている時間、さまざまなことを考えている。

「雑用」だから、あまりアタマを使っていないのだろうな。余計なこと、つまらないこと、やりかけていたこと、ずっと考えていることなどが、ふわふわと浮かんでは消えていく。

あまりにぼーっといろんなことを考えていると、雑用とはいえミスの元になるわけで、集中力の足りない自分はいつも、ヒヤリハットに気を付けようと背筋を正すんだけど、それはそれとして、この「雑用時の雑思念」が、長い目でみるとぼくの仕事生活を支えているようにも思う。


先日診断したあの胃生検でみつけた、ちょっと珍しいあの所見、最初気づかなかったけど、そろそろ教科書を読み直して「目合わせ」をしないとな……距離の中にある鼓動って歌詞がツイッターで評判いいと思ったらドラマでもテロップ出してやがった、やっぱりスタッフもネットをちゃんと見てるんだ……4か月後の出張は関西だけど早めに飛行機をとらなきゃいけないから、早割が発売になる日にちゃんと予約できるように、机の横にふせんを置かなきゃ……一昨年の標本交見会で講演してた東京のあの先生の資料に、こないだの腎臓の病変について書いてあったんじゃなかったっけ……こないだ思い付いた、アルミ缶の上にあるミカンみたいなギャグ、なんだっけな……先日コンサルトされた症例、そういえば数年前に新潟でみた症例と似てるかもしれない、これが終わったら検索してみよう……レジナビの相談だけじゃなくて、来年の院内勉強会に予算を出してもらう交渉をするんだった忘れてた、総務課に行かないと……。


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病理医が、顕微鏡に特化した部門だと思っている人は多く存在するようだ。

「病理医の仕事って、一日中顕微鏡を覗いてなきゃいけないんですよね、大変じゃないですか?」

こう聞かれたら、ぼくは、こう答える。

病理医にとっての顕微鏡は、野球選手にとってのバットです。

攻撃時、出番が回ってきたら、極限まで集中して、投手の投げ込む球筋を読む、あるいは読まずとも勘で反応する、バットを振る。振らないと何も始まらないし、絶対に勝てません。

ところで、野球のおもしろいところは、攻撃と防御が交互にくるところです。バットを握らない時間というのがかなりある。守備ってのは、相手あっての行動ですし、自分が次にどう動けばいいかは予測しきれない。しかし、立派にゲームを引き締めようと思ったら、広い視野と運動量、とっさの判断の良さ、あるいは連係プレー、そして地肩の強さや脚の早さも駆使して守り切らないといけません。

病理医にとっての顕微鏡は、野球選手にとってのバットです。がっちり集中しなければいけない。没入する必要がある。だから、顕微鏡を覗いている病理医を知らない人がみると、なんというか、鬼気迫ったような感じに思えるそうです。

でも、病理医は、バットを握っていない時間も結構あるんです。様々なオーダーに対応し、様々な機器を駆使して、戦略を張り巡らせながら、いろんなポジションを守る時間がある。

論文を読んだり教科書を読んだりして自分の実力を付ける。問い合わせに答えたり、画像と病理の関係を繋げたり、病院間の連絡調整の懸け橋になったり、あるいは基礎と臨床の懸け橋になったりもする。

「守備」を、「雑用」だと言ってしまうと、途端に野球は、楽しくなくなるでしょう?

病理も、顕微鏡だけの世界だと思っていると、たぶんつまんないと……思うんですよ……思い出した、「イヨカン、いい予感」だ……ブログ書こう……。