2017年4月10日月曜日

病理の話(67) 発生学迷宮ばなし

臓器がどのように発生したのかを考えるのはとてもおもしろい。

そもそも、タマゴ1個が分裂を繰り返して、こんな精巧な体を作り上げるというのが不思議でしょうがない。ブルゾンちえみによれば体の中には細胞が60兆個くらいあるという話だ。

細胞分裂の過程をどんどん追っていくと、どこかの段階で、単純に倍々ゲームだった細胞が、役割分担をすることになる。

君はここで何かを作りなさい。君はここで何かを支えなさい。君はここで道路になりなさい。君はあそこで柱になりなさい。君は体外に分泌するものを作ろう。君は血管の中に分泌するものを作ろう。君たちは集まってネットワークを作ろう。

君たちのグループはこの場所にないと、次の部署への受け渡しがうまくいかないから。

君たちが作る分泌液は、この臓器の中に放出するので、このあたりにいると近くて便利だから。

細胞は、ただ分裂するだけではなくて、居場所を定められる。

膵臓という臓器があるが、これは実に複雑な発生をしている。具体的には、腹側膵という部分と背側膵という部分が、発生の過程でドッキングしてできる。ガンダムが上半身と下半身に分かれていて、コアファイターを中心に引かれあって合体するようなイメージだ。

しかしこの合体にしても、単に腹側にある膵臓と背中側にある膵臓がくっつくだけではない。腹側膵はもともと、十二指腸に向かって左側に存在するのだが、

「十二指腸の周りをポールダンスするように、後ろにぐるりと回り込んで、背側膵と合体する」

のである。もう、わけがわからない。腹側に発生したから腹側膵という名前がついているのに、十二指腸の後ろを回り込んでドッキングするため、結果的には「背側膵に後ろから近づいてドッキング」してしまうため……

「大人の膵臓においては、腹側膵は背側膵の”背中側”にある」

という、もう書いていてわけがわからない状態が達成される。


これらには全て意味がある。腹側膵がわざわざ十二指腸の周りをポールダンスするのは、腹側膵が発生の段階で胆嚢や胆管を引きつれて十二指腸の後ろに回り込むためであり、胆管と膵管が正しくドッキングするためにはこうするしかなかった、という解釈だ。

まあ意味と言っても人間が後付けしただけなんだけど……。



なんでこんな、文章で書いてもわけがわからなくなる不思議な立体構造を解説したかというと。人体の中にある病気の一部は、「発生の段階でちょっと失敗しちゃった」というのが原因となって発生しているからだ。

病理学を学ぶためには解剖学もそうだが、発生学も知っておいた方が都合が良い。

例えば腹側膵と背側膵の癒合不全はdivism(ディビズム)という異常につながるのだが、このdivismが存在する人においては、胆管と膵管の合流異常もまた観察される場合が多いし、膵胆管合流異常がある人には(炎症などが起こりやすいためか)膵臓癌が発生しやすいという傾向がある。

このあたりは、発生学を理解していると、わりとわかりやすい。

(参考リンク: http://mymed.jp/di/tyc.html このサイト、信用して良いのかどうか微妙ですが、少なくともこのページの図についてはある程度妥当ではないかと考えています)


刑事物のドラマのラストシーンで、犯人が言い訳たっぷりに自分の不幸な生い立ちを語り始めると、ぼくみたいなゆがんだ視聴者は「そういうのいいから……」と冷めてしまうのだが、しかし、病気の原因を探ろうとするとその生い立ちに遡るというのは、確かに一定の効果がある。

なんでお前、こんなことになっちゃったんだよ、というのを解釈する作業は、病気の「動機」を探る作業に似ているのではないか。