2018年12月5日水曜日

病理の話(270) 専門家どうしのやりかた

医療は高度に分業されている。

ちょっと専門分野がかわると、途端に相手の言っていることがなんだかよくわからなくなる。

一例をあげよう。

「肝臓内科医」と、「胃腸内科医」は、どちらもおおきなくくりでは「消化器のお医者さん」と呼ばれている。肝臓も胃腸も、広い意味では消化器だ。

でも、お互いに、相手の仕事の半分以上を知らない。

肝臓に詳しい医者の9割以上は、胃カメラで胃の病変を直接とりのぞく「ESD」という手技には手を出さない。出せない。

逆に、胃腸に詳しい医者の9割以上は、肝臓の腫瘍を焼き切る「RFA」という手技には手を出さない。出せない。



一事が万事この調子である。

CTという検査は、そもそもレントゲンのおばけみたいなもので、臓器を輪切りにうつしだして、白いからどうだ、黒いからどうしたと、見極めるだけのものであった。……一番最初のころは。

けれども造影剤という技術や撮影機器そのものの進歩に伴って、今では、おそらく人口の99.9%は使いこなせないであろう高度な技術のカタマリとなっている。

たとえ医者でもCTの画像を完璧に読めるとは限らない。

先ほどの肝臓内科医であれば、肝臓や膵臓のようすはCTでかなり詳しく探ることができるし、胃腸とか脾臓などの評価も得意だ。

しかし、子宮筋腫がどれくらい変性しているかとか、肺の病変ががんかがんでないか見極めるといった、肝臓とはあまり関係ない領域については、同じCTにうつっていても、なかなか見極められない。

医者ならCTを読めるというわけではないのである。

”臓器をまたいだ”とたんに、何もできなくなるということは、ある。




たとえば肝臓に病気をもっている人が、偶然、子宮とか膀胱とか脳などに別の病気を見つけたとする。

この場合、肝臓内科医は、婦人科医や泌尿器科医や脳外科医などに相談をする。自分の専門外のことについては安易に判定できないからだ。

そして、実はその裏側で、放射線科医や病理医が、「領域を横断しながら」その患者に関与していることがある。

患者がさまざまな理由で複数の科を受診しているとき、臨床医たちはそれぞれが、放射線科や病理医などに相談をしていたりする。




病院の中には、「臓器をまたいでなにがしかのコメントができる人」というのが必要だ。

たとえば放射線科医は、対象となる臓器がどこであっても、CTやMRIを正しく判定することができる。

あるいは病理医も、対象となる臓器がどこだろうと、摘出された臓器の肉眼像やプレパラート像から、病理診断を出すことができる。

ぼくらのような「領域横断タイプ」の医者がいることで、臨床医は自分の専門領域に集中することができる、という側面がある。





極めて臨床能力の高い病理医は、ときに、各科の臨床医よりも患者のことを鋭く言い当てられる。

そのような病理医を、ぼくはそれほど多くは知らない。病理医はみんながみんな、臨床能力に長けているわけではないからだ。

そうだな……18人………19人……。

20人弱は、顔と名前が一致している。逆にいうとそれくらいしか知らない。

もちろんこの20人以外が仕事のできない病理医というわけではない。病理医はそもそも、プレパラートを見て意見を言えるだけでかなりの逸材なのだ。

でもぼくはときおり考える。複数の科の臨床医を相手にやりとりをできるタイプの病理医は、かっこいいなあ、と。

なかなかそこまですさまじい病理医というのはいない。

けれど、いることはいる。




なお放射線科医にもいる。たぶん麻酔科にもいるはずだ。緩和ケア医などにもいるだろう。感染症専門医にもいると思う。腫瘍内科医にもいるんじゃないかな。

そういうドクターたちの存在を、一般の人たちは、あまり知らない。