2018年12月19日水曜日

病理の話(275) 首都高の写真からダイナミズムを読めるか

体の中から取ってきた臓器、あるいは臓器のごく一部(小指の爪の切りカスより小さいときもある)を、顕微鏡で調べるというのが病理診断の大きな柱である。

この病理診断、「取ってきたもの」を「顕微鏡で」みるという性質上、どうしても苦手なことがある。それは何かというと……。

「時間を止めてみているから、時の流れに沿って変化する病態をみるのが難しい」

ということだ。

それはそうだろう。

たとえば石狩川を写真にとって眺めたところで、川の水がどれくらいの早さで流れているかを判断するのは難しい。

高速道路に走る車を写真にとって、あとから「これらの車は時速何キロで走っているでしょうか」と聞かれても困る。

写真ではダイナミズムは検討しづらい。これは当たり前のことである。




……ところが、このように例え話にしてみると、人間というのはおもしろいもので、

「そうかな、やりようによっては写真であってもダイナミズムを予測できるんじゃないかな」

なんてことを勝手に考えつく。



たとえば、石狩川の流速の情報が事前にわかっていれば、川の幅や水量をみるだけである程度流速も予想できるかもしれない。

あるいは、高速道路の車を拡大して、車の天井についているアンテナのしなり具合をみれば、「どれくらい風の抵抗を受けながら走っているか」みたいなことがわかるかもしれない。

ほかにも、石狩川の水面に大量に葉っぱが浮いていたら、「ああなんか水がよどんでいるんだろうな、流速が遅そうだな」と予想できるかもしれない。

高速道路なのに車がすし詰めだったら、「あっ渋滞だな、だったら流れはかなり遅いだろうな」というのは誰でもピンとくるだろう。




そうなのである。写真であってもダイナミズムの予測はできるのだ。

ただしこれにはコツがいる。

顕微鏡をみて、「血管がパンと張っているから、うっ血があるだろう」だけではなかなか診断の役には立たない。

「血管が少し張っている。おまけに血管のまわりにはすかすかした場所がある。ここはおそらく水分の漏れ出しがあったのだろう。この中には好中球という炎症細胞がみられる。血管の外に飛び出た好中球は1日とか2日という短い間に死んでしまうはずだから、今目に見えている好中球はせいぜい過去1日程度で出現したものだ。つまり、かなり最近の変化だということになる。以上をあわせると、ここ1日くらいで血管の透過性が亢進し、血管外に浮腫が起きて好中球が出るような病態があって、かつ血流がその場に多く動員されている。ということはおそらくこの部には急性の炎症があるな。炎症の原因としてはこの場合何が考えられるだろう……」

ここまで読んでこその病理診断だ。




ダイナミズムを読むのは難しい。しかし、プレパラートからダイナミズムまで読み解いてこその病理医である。「絵合わせ」だけでは診断は終わらない。