2019年6月4日火曜日

病理の話(329) 流通量をみて悪人の存在を推定する名探偵

がんをはじめとする多くの病気を調べる際に、「造影検査」というものをやる場合がある。

ぞうえいけんさ。

濁音からはじまるコトバなので、重々しさがある。

今日はこの造影検査の話をする。



血管の中に、CTやMRIで検出できる「造影剤」というものを流す。

すると、全身の血管に造影剤がいきわたる。

血管を道路に例えてみよう。

血管という道路の中には、赤血球などの血球が、自動車よろしく走り回っている(なお基本的に一方通行だ)。

この道路に、ビッカビカに明るく輝く、油性インキを流す。

街の上空にドローンを飛ばせば、街の中に張り巡らされた道のところだけがピカリと光って、ハイライトされる。

光るのは、大きな道路だけではない。

臓器の中に細かく入り込む、京都の小路のような細かい生活道路まで、すべてにいきわたる。




なお実際の血管はドライな道路ではなく、内部に血液が充満しているウェットな水路だ。

ここにインキを流せば、血流の速度によって、ビカビカの広がり方も変わる。これも重要な情報となる。




さあ、人体をくまなく観察するために、ドローンならぬCTをとってみよう。

血管から造影剤を入れる。そんなにいっぱいはいらない。きちんと調整されているからね。

すると血流に乗って、全身の血管に、造影剤がいきわたっていく。

たとえば肝臓という大きな臓器の中にも、いきわたっていく。

肝臓に流れ込む幹線道路のような「肝動脈」が光る。

幹線道路から小路に入り込んで、肝臓全体の細かい血管が光る。

たいへん細かい血管だ。網目のように肝臓に入り込んで、肝臓全体が明るく輝く……。




ところがある日。ある人の肝臓を見ていると。

全体がじわじわ造影剤によって光っていく中で、明らかに1か所だけ、「周りよりも早く光り始める」部分がある。

ふつう、肝臓という街に入り込む道路の数は一定で、肝臓の中では右も左も均等に、だいたい同じ量の血液が流れ込んでいるから、造影剤だって、均質にいきわたる。

ところが今回、一か所だけ、造影剤がすごく早く入り込んでいる領域がある。




ここに何が起きている?




造影剤が早く入り込むということは、そこになんらかの異常があるということだ。

たとえば、「周りよりも優先して道路をひき、大量の血液を誘導して、大量の栄養をかすめとっているやつがいる」かもしれない。

正常の細胞よりも圧倒的に多くの栄養を食ってしまう、燃費の悪いヤツ。

その代表は、がんだ。

がんというのは、ろくに働かず、まわりに迷惑をかけ、無制限に増えようとするチンピラである。ヤクザである。こいつらは周りの迷惑をかえりみずに、みんなが同じ量だけ配給されて受け取っている血液を、自分だけ独占して大量に使おうとする。

だから造影剤を使うと、がんのところには造影剤が早く多く流れ込むことがある。




がんそのものをCTでみるのはけっこう難しいのだけれど、道路や輸送に目を向けて、物流をハイライトすることで、「あそこで何か無駄遣いをしているバカ野郎がいるな」と、がんを見つけることができるのだ。なかなかの名推理だと思う。




ただ気を付けなければいけないこともある。

たとえば、生まれつき、肝臓の中の「道路の配置」がちょっと乱れている人、というのがいる。

悪人が栄養をかすめとっているのではなくて、「道路の建設でちょっとミスっちゃっただけ」という人がけっこういるのだ。

これは「血管腫」という病変である。造影剤の流れ方がそこだけ変わってしまうから、造影CTをすると、そこだけ周りと比べて変化がでるけれど、がんではない。放っておいても何の問題もない。




そう、造影剤を使った診断というのは、あくまで、「輸送量をみて、そこに悪いヤツがいるのではないかと推理する検査」という側面がある。実際に悪いヤツそのものを見ている検査ではないので、解釈はなかなか難しい。それだけに、造影CT, 造影MRI, 造影超音波などの検査をきちんと解釈するには熟練の技がいる。これらに長けているのは放射線科医だ。ぼくは彼らのことを激しく尊敬している。




おまけだが「実際に悪いヤツそのもの」を見るのは基本的に病理医の仕事である。