2020年2月27日木曜日

病理の話(418) リンパ節を見る

「リンパ節」という名称自体、なんというか、なじみがまったくないわけではないんだけれど、それってなんなの的な「衣」をまんべんなくまとっている正体のよくわからないナニモノカである。

リンパってのがよくわからない。

ダイエットの文脈でたまに聞くくらいだ。

老廃物がどうとかいうやつである。



で、ま、そういうなんとなく知っているものをきちんと解説すると、一部の人は驚喜して目を輝かせてくれるのだけれど、大多数の人は「はいはいサイエンスサイエンス」となってチャンネルをかえてしまう。さあどうするか! 

……どうしようもないのでそのまま進める。ここを「どうにかしよう」と思うジャンルのブログもある。しかしぼくのやってるこのブログに関していうとそういうところは基本的に容赦ないので、サイエンスコミュニケーションの新しいやり方として一石を投じたりはしない。あきらめてほしい。




で、リンパ節とは何かというとこれは全身にある「道ばたの交番」だと理解している。

体のなかには「道」がいっぱいあるが、中でも酸素や栄養の運搬に用いる動脈は基本的に高圧・高速で、心臓から体の隅々までわずか1秒程度でビュンビュン血液を送り込んでいるから、交番なんて置く必要はない(現実の高速道路にも交番はないだろう)。

行きはよいよい帰りは怖いの静脈は低速・低圧。ただし静脈に流れ込んでいる血液もまた、基本的にあまり不純物は多く入っておらず、原則的に交番による管理は必要としていない。輸送用道路でありイッパンジンが多く行き来する場所ではない、ということだ。

体のあちこちに生じた不純物、老廃物的なものは、静脈ではなくてリンパ管という別の道に流し込む。リンパ管は静脈の一種なのだが、脂っこい、不純物がまじったような物質を運ぶために特別に用意されている。このリンパ管の周りには定期的に交番が配置されていて、そこには警備員が大量に駐屯しているのである。まあほんとに人体というのはよく出来ている。

警備員、すなわち白血球は、マンガ・アニメ「はたらく細胞」でいちやく有名になった。これらはリンパ節という交番に大量に存在しており、さらに全身の血液に乗ってうろついてもいる。警察署・交番があり、巡回もしているということでまさに警備員とか警察という雰囲気なのだ。




やれやれようやく「リンパ節が交番である」という説明まで終わった。リンパ節は全身に何個くらいあるんだろう。数えたことがない。所轄の警察署みたいにでかいやつだけでも100個くらいあるのかな。公園横にある交番チックなものだとその何倍もある。

そして、体の中にばい菌とかウイルスが入って来て、治安が悪くなって警備員との戦闘がはじまると、しばしば、交番や警察署内の人員が増員される。人間社会の警察署は増員されたからといって建物自体が大きくなることはないが、人体にあるリンパ節は「サザエさんのエンディングに出てくる家」のようにぐにょんぐにょんなので、警備員が増員されると建物自体が大きくなる。つまり、「はれる」。

「かぜのときに首のリンパがこりこりはれる」のはこれだ。




で、通常、リンパ節というのは、炎症がおさまったら……つまり警備員の奮闘が終わったらまた元のサイズに戻るのだが、これが戻らないときにはなんらかの異常が起きている。

「腫れ続ける」のは不自然なのである。腫れたら戻って欲しい。

ずーっと炎症をくり返しているような病気を持っていればリンパ節が腫れっぱなしになることはあるが、警察官の中にワルモノが混じっている状態……すなわち悪性リンパ腫とよばれるがんがあると、リンパ節が腫れっぱなしになることはある。

だから医者は「何ヶ月もずっと腫れているリンパ節」という話を聞くと、考える。



「リンパ節が腫れ続ける病態っていくつかあったよなあ……炎症……IgG4関連疾患……木村病……サルコイドーシス……あと……悪性リンパ腫もか……」




そしてさまざまな検査をする。で、そのあと、リンパ節を体からほじりだして(麻酔をかけて、皮膚に小さな切れ込みをいれて1cmくらいのリンパ節をころっととってきたりする)、病理検査室にわたす。




ここでようやく病理が登場だ。リンパ節が腫れている原因をさぐる。顕微鏡を用いて、そこにいる警備員たちの点呼を取る。配置を確認する。顔色をうかがう。

部署にわかれてきちんと整列していれば、がんではないだろうなと考える。

本来あるべき部署がいっさい見えなくなっていて、リンパ節の中に、顔つきの悪い細胞がみっしりつまって、一様になってしまっていたら、これは悪性リンパ腫かもしれない。

で、この、「悪性リンパ腫かもしれない」となってからが、かなりマニアックでコアな知能の使い方をする。




悪性リンパ腫というのはほかの臓器のがんに比べて、「どの遺伝子に異常があるからがんになったか」というのが見えやすい。いわゆる責任遺伝子とよばれる、「お前がくるったからがんになっちまった、戦犯的なDNA」というのがけっこうはっきりビシッとわかるケースが多い。逆にいうと、胃がんとか乳がんとか肺がんなどではそういう「悪の元締め」まではわからないことのほうが多いのだ。たいていのがんは育つまでに複数の異常が積み重なっているので、原因をこれとひとつに絞ることは難しい。しかしリンパ腫は違う。「原因が見えやすい」。

原因が見えると何がうれしいかというと、どのDNAの異常(たいていは染色体異常)があるかによって、治療が細かく変わるのだ。だから病理医は、リンパ節にあるのが「がん」だとわかった時点で検索を終えるのではなく、必ず、遺伝子レベルでプロファイリングをすすめる。

2時間ものの刑事ドラマ・探偵ドラマで、主人公がコートを翻しながら崖の上で容疑者から動機を聞くシーンがあるだろう? あれぼくあんまり好きじゃない。そういうのは警察官の仕事じゃないだろうと思う。法廷でやれ、と思う。

それといっしょで、普段の病理医は、がんを見つけても「原因」というか「がん細胞にとっての動機」までは探らない。そもそも探れない。たいていのがんは動機がひとつじゃないから。

でもリンパ腫は「動機」が1個あって、そこをねちねち付くことで、がんをぶっ倒せる確率が高くなるのだ。だから病理医の仕事もほかの病気に比べて多少ねちっこくなる。




はいはいサイエンスサイエンス。ていうかサスペンス?