2021年11月4日木曜日

病理の話(593) ヒストロジーという耳慣れない言葉

顕微鏡で細胞をみることを、「組織学的検索」と言う。あまりタイムラインには流れてこない言葉だ。

ここで、「組織」という言葉が使われていることは、ふつうの日本人にとってはちょっと違和感があるかもしれない。「ん? 細胞を見ているんじゃないの? チームがどうしたって?」みたいな気持ちになりはしないだろうか。ぼくはかつて、なった。


顕微鏡で見るときに使う「組織学」は、英語のヒストロジー(histology)という単語に対応している。会社などで人が集まって作る組織をあらわす言葉はオーガニゼーション(organization)だから、そもそも違う言葉だ。つまり、英語だとまるで違う単語に、日本語で同じ「組織(学)」という言葉が使われていることになる。なんだか混乱してしまう。


でも、ヒストロジーに日本で「組織」という言葉を当てはめたことにも、たぶんちゃんと理由があると思う。


ヒストロジーは、「(顕微鏡で)なんらかの構造をさぐる学問」を指す。細胞ひとつを拡大して、核があるとかミトコンドリアが組み合わさってできているなあと「内部構造を探る」のも組織学だし、細胞どうしが織りなす”組み体操”、すなわち「細胞が構築する構造を探る」のも組織学である。


今、ぼくは、組み合わせとか組み体操のように「組む」という単語、さらには、「織りなす」という言葉を自然と使っていた(マジである)。組むと織るで組織ではないか。なるほどなあうまくできているなあ。


で、この言葉をより鋭く追いかけていくと、病理医が顕微鏡で細胞を見るときには、単独の何かを見つけ出すという感覚よりも、組み合わせの妙や、織物的・タペストリー的なパターンを読み解く感覚に近いということもよく理解できる。たまーに不勉強な医者が「細胞ひとつ見たからって何がわかるんだよ」みたいなことを言っているのだが(近頃はめったに見なくなった、絶滅したのか)、病理組織学的な目というのは細胞ひとつを見るわけではない、というのも「組織」という言葉からニュアンスとしてにじんでくる。


ヒストパソロジー(histopathology)という言葉もある。ヒストロジー(histology: 組織学)と、パソロジー(pathology: 病理学)を合い挽き肉みたいにあわせた言葉だ。これだと、顕微鏡を使って細胞の織りなす姿から病のコトワリを探り出す学問、という意味になるだろう。じつに含蓄深い名称であり、国際病理学会(IAP)の英国支部が発行している歴史有るの雑誌のタイトルにも用いられている。


https://onlinelibrary.wiley.com/journal/13652559


たまには単語の話。たまにね。