2021年11月8日月曜日

病理の話(594) 盛り上がり方に違う名前を付けてみる

達人というのは自分の仕事のすべてを言い表せない人のことである。無形の技術、言外の技、手だけが覚えている熟練のテクスチャー。

その上でなお言うけれど病理診断というのは「できうる限りのすべて」を言語化しないとだめである。もちろんどうやっても言葉にできないニュアンスというのはあるが、それを「感覚的にさあーこれはどう見てもがんだよね」とか言い出したら職業的には敗北宣言だ。

なぜか?

それは、病理診断という仕事が、病理医の頭の中でだけ完結するものではなくて、依頼者である主治医と情報を共有してはじめて成り立つ類いのものだからである。

「がんです」だけでは、主治医が受け取る情報が少なすぎるのだ。もっと描写し尽くさなければいけない。なあに、大丈夫、微細な感情を言語化しろと言っているんじゃない。病気にまつわるエトセトラをとことん言葉にしなさいよ、というだけの話だ。




というわけで細かい言葉使いがいろいろある世界である。今日はひとつ、「ポリープ」のことを考えてみる。

大腸などにできる「ポリープ」というのは、病変の「かたち」を表す用語である。つまりは「四角いなにか」とか「ぐにゃぐにゃした何か」的な言葉といっしょで、「ポリープ状」という形状の話しか意味していない。

したがって、「ポリープはがんだった」とか、「ポリープはがんではなく、過形成だった」とか、「ポリープは良性の腺腫(せんしゅ)だった」のように、ひとことで「ポリープ」と言ってもそこにはいろいろな病気が含まれている。



ではポリープとは具体的にどのような形を指すのか? ここもじつはかなり幅がひろい。大腸ポリープのことを勉強したことがある人が、まっさきに思い付くのは、「キノコの形」だと言われている。しかし、ポリープという言葉で言い表す病変にはほかにも、「たけのこの形」であったり、「グミの形」であったり、「こんぺいとうの形」であったりと、バリエーションがある。

大腸の粘膜から「盛り上がっている病変」があったら、まずは安易にポリープと呼ぶ。しかしこれだけでは情報が絞り込まれていない。だから、我々病理医、そして内視鏡医たちは、ポリープ、もしくは隆起した何かをもっと細かく呼び分ける。



盛り上がりの丈の高さはどれくらいか?

盛り上がりのへりに、くびれがあるか?

ふわっと盛り上がっていてどこからが「山の裾野」なのかわからないときと、「ここから明らかに盛り上がっている」というのが示せる場合とでは病気の種類が違うであろう。

盛り上がっているとして、それは、キノコのように茎を持つのか。

キノコと言ってもエノキなのか、椎茸なのか、マッシュルームなのか。

あるいは盛り上がりの部分に二つくらい山ができていたりはしないか。

みうらじゅんの描く目の飛び出た人の顔みたいな隆起だってあっていいのではないか。

海底にへばりつくサンゴのようにギザギザとうねる隆起と、日本庭園に置いてある庭石のようにゴツゴツと角張った隆起ではまるで意味が違う。

色はどうだ。色の話を忘れていた。周囲の粘膜と比べて、少し赤みがあるのか、それとも同じ色なのか。

どこか削げていたりはしないか。

いったん盛り上がってはみたけれど、やっぱりへこんでみようかな、みたいな形状のことだってある。



こう言った見分け・呼び分けを、個人の印象でやるのではなく、日本全国、あるいは世界中のどの医者が読んでも伝わるような表現で、病理診断報告書を記載する。

きのこたけのこ戦争などと言っている場合ではない。こちらは平和のために、見分けて書き分けていかなければいけない仕事なのである。