2022年5月19日木曜日

病理の話(657) 細胞は保険をかけている

こないだ教科書読んでて、へぇー! って思ったことがあったので、自分のために書き残しておきます。

細胞の中には、どの細胞であっても必ず、「DNA」が含まれている。……あ、必ずじゃないか、成熟した赤血球は核がなくなっちゃうからな。まあ例外はともかくとして、基本的にはDNAが含まれている。

で、このDNA、キズが付くことがあるんですね。めったにつかないけど、たまに傷つく。

DNAにキズがつくとまずいんですよ。DNAってのは細胞を「運用」していくためのプログラムなので。

プログラムに「バグ」があるままでパソコン動かしたらエラーになるじゃない。

だから、細胞は、「DNAにキズがついたらそれを直す仕組み」というのを、複数持っているんですね。



そう、


「複数」


持っているんですね。ひとつじゃないの。まずここをね、あらためてぼくは、「へぇー!」って思った。いちおう習ったんだけどな。あんまりそこ、気にしてなかった。でも今になって、それ、すげえなって思った。


株式会社「細胞」がね、プログラマーを雇っているわけですよ。それも、「バグ取り専用部隊」みたいなのを、複数。

幾人かで、それぞれ違うやりかたで、バグ(プログラムのエラー)を常に監視して、直してくれてるわけ。

ははぁー、そこまでしてようやく、この、精巧な人体というメカニズムが動いていくんだなあ、とね、ぼくはこんなにおじさんになってから、はじめて理解したような感じです。学生のときはなんだかここんとこあんまり感動しなかった。




でね。



「がん」という病気があるでしょう。あれ、DNAにエラーがいっぱいあるんですよ。だから、通常の細胞とは異なったふるまいをしてしまう。

がんって、バグった細胞なのよね。

ということは、ですよ。ここのところもぼくは習ったはずなんだけど、学生時代にはあんまり気にしていなかったんだけどさ。

「バグったがん」を直そうとする、体内の仕組みも、あるってことじゃないですか。

それもね、「複数」あるって言ったでしょ。



それだけ仕組みがあるのに、なお「がん」が、バグったままでいられるってのは、これ、なんかちょっとおかしいんじゃないの? って、気づいた人がいるんですね。


そして研究をした人がいる。偉いなあ。頭いいなあ。


研究の結果、「がん細胞は、バグ取り部隊の目をすり抜けるような仕組みをもっている」ってのがわかってるんですね。ひゃー! って感動するわ。すごい話だな。

「がんはDNAのエラーによって生じる」だけじゃないんだね。

「がんはDNAのエラーによって生じるし、そのバグを直す仕組みをも回避するような憎たらしいことをやっている」

って言う話だったんですよ。めちゃくちゃ頭のいい犯罪者みたいなことをしている。




でね。「抗がん剤」ってあるでしょ。

めちゃくちゃ種類あるんですけどね。

抗がん剤の中には、「バグとりシステムを逃れようとする細胞をたたく」やつがあるそうですよ。もうここまでくると「化かし合い」だなって思っちゃった。バカ試合じゃないよ。






細胞は、自分がバグらないようにいくつもの保険をかけていて。

がんは、その「保険」をも乗り越えてくるような憎たらしいことになっていて。

で、「保険を乗り越えてくるようなやつはろくなやつじゃねえ!」って判断で、薬を利かせようとする人のいとなみがある。

あーなんかもうほんと、勉強しよう、と思いましたね。今日は以上です。