病理医は、プレパラートという「ほぼ2次元」の情報から、細胞のありようを判断する。
しかし本来の細胞は、体内では「3次元」に配列している。
だからぼくらはいつも、「2次元の情報から3次元を予測する」ということを無意識にやっている。
図で説明しよう。
「C」では、白身が幅広い細胞がくっついていて、黄身どうしの距離もすごく離れている。
これらは、プレパラートに乗っかった細胞を上から顕微鏡で見たときのイメージだ。では次に、「横から見たときのイメージ」を付け加えてみよう。
「A」と「B」との違いに着目してほしい。「A」では、横から見ても細胞は押し合いへし合いをしているのだが、「B」は、じつは細胞どうしが少しずれながら、縦に折り重なっているのである。
これらを、上から見ただけで想像できるものか? 人間の目や脳というのはよくできていて、ちょっと見方というか理屈を勉強すると、できるようになる。
「A」では、細胞の黄身どうしが「互いをへこませるように」接していた。そして黄身と黄身との間にはうっすらとスキマがあって、重なってはいない。
これに対して「B」では、細胞の黄身どうしが重なって見えているにもかかわらず、互いが互いを押し合っていない。
押し合っているか、いないかの差が、上から見たときのニュアンスの違いとして現れている。
ついでに、「C」も見ると、おもしろいことがわかる。
「C」も、細胞同士が互いにぴたりと接しているという意味では「A」といっしょだ。しかし、「C」の場合は白身の部分がとても多いために、黄身どうしが接することはない。
「A」は、白身が少なすぎるという異常があるために、細胞が接するとあたかも黄身どうしが押し合うような像として見えているのである。よく考えてほしい。カラも白身もあるのに、黄身どうしが押し合う状態って……それ……相当白身が少なくて、カラもふにゃふにゃじゃないと、あり得ないよね? と。
このように、細胞の配列を頭の中で想像することで、細胞がどのように並んでいるかという「構造の変化」を見極めることができ、ちょっと頭を働かせると、「黄身と白身の比率(核・細胞質比)」にも思いを馳せることができる。
なお「A」は小細胞癌という病気に特徴的な構造だ。核・細胞質比が異常に高く、核がある程度やわらかく、かつ、細胞同士がぴったりと結合しているという条件が揃うと、この細胞像が出現する。「B」のように細胞が重積(折り重なること)する病気(たとえば腺癌)とは見え方が違う。細胞の性質による構造の違いを病理医は見分けて診断に結びつけるが、このとき、「ただなんとなく、経験的に、ぼくの主観で見分けています」だと診断されるほうは不安だ。見分けには絶対に根拠がいる。その根拠を言語化するのは、けっこう大変で、こうしてブログでも書きながら定期的に確認しておかないと、ときに、「あれ? どうしてこう見えるんだっけ?」と言いよどんでしまいがちである。言いよどむ病理医は信用されないので、わりとちゃんとトレーニングしておかないといけない。