2022年7月19日火曜日

病理の話(678) ミルクティーからタピオカの味を予測する

肝臓、骨髄、肺、リンパ節……。

臓器の中に、病気ができることがある。

患者が病院に来た理由はさまざまだ。高熱が続いたとか、寝汗がひどいとか、全身が異常にだるいとか、あるいは症状は特にないのだけれど健康診断で超音波検査をやったらたまたま見つかった、とか。

そこで医者が患者と話をし、ねんいりな診察を行い、CTやMRIなどの画像をとって、どうも臓器の中に「原因」があるんじゃないかと目星をつけたとする。

そこで、病変部から細胞を採取する。皮膚に麻酔をかけて、中が空になった針のようなものを刺して少量の細胞をとりだしてくるのだ。

それを病理医が顕微鏡で見る。そして病気の正体を明らかにする……。


のだけれど。


ここで、「狙って細胞をとりにいったけれど、うまくとれてない」ということがあるので、難しい。

サンプリングエラー。「とれなかった」ってことです。

これ、本当に悩ましい。患者にとっても、医療者にとっても。



そもそも針を刺すってけっこうなことじゃないですか。患者も最初説明を聞いたときはびびると思う。麻酔するし、血もそんなに出ないし、わりと安全ですから、なんていって、ハラハラしながら検査を受ける。とった細胞を病理に提出。数日、長いときには1週間とか2週間待って、結果を聞きに病院に行くと、「とれてませんでした」ではズッコケであろう。


なんでそんな残念なことが起こるのだろうか? いくつか理由がある。一気に図解する。




ある臓器に病気がカタマリを作っていることを、超音波などで確認してその場所に針を刺す。うまく病変内部に針の先がとどけば、細胞を取れる。これが成功パターンだ。

ところが、いつもいつも病気の場所がはっきり目に見えるわけではない。

たとえば、腫れ上がったリンパ節に針をさしてみたが、じつは病変はリンパ節のへりの部分にしかないために、針があたらなかったというケースがある(失敗1)。

また、病変が硬くて、「可動性がある」ために、針を刺そうと思っても病変がつるりと逃げていくパターンなんてのもある(失敗2)。


失敗1,2は、わりと事前に予測できるケースもある。対処はけっこう大変で、その都度いろいろな工夫を必要とする。


問題は失敗3だ。もう一度同じ図を貼るぞ。







ある臓器の中に、うっすらピンクの「病変」が広がっていて、針はたしかにそこに刺さっている。うっすらピンク領域は採取できた。しかし、細胞を見て診断をするためには、うっすらピンクの部分だけではだめで、赤い小さな玉の部分がとれている必要がある、というケース。

タピオカミルクティーにストローをつっこんでずずっと吸い込んだところ、タピオカが一つも口の中に入らず、ミルクティー成分だけ味わった。ここで、「タピオカはどんな味でしたか?」と聞かれても答えられないではないか。これが失敗3である。

専門的な用語であえて書くと、「壊死が豊富で、生きている細胞成分が少数散在性にしかみられない」とか、「背景に著明な線維化を伴い、細胞成分が少数しかない」とか、「粘液の産生が強く、細胞成分が採取されていない」というケース。



こういうときに病理医は、「ミルクティーの性状から、ある程度、タピオカを予測する」という技術を用いる。しかし、所詮は予測であって、タピオカそのものを見ているわけではないので、確定診断にたどり着けないことも多い。そのことを主治医に伝えて一緒に悩むのだ。

「どうする? このままだとミルクティー部分しか採れないよ」

「うーん、じゃあストロー少し太くするか……」

「それだと傷が大きくならない? 大丈夫?」

「うん、丁寧にやるよ」

みたいな感じの会話をするのである。現場でミルクティーの例えは使わないけれど。