2017年3月2日木曜日

病理の話(54)

医療における「診断」は、ほんとうに膨大な量の、先人達の知恵や経験の積み重ね、さらには学術的にきちんと整えられた統計学(エビデンス、というやつだ)によって、支えられている……。

けれど、この、知恵とか経験とかエビデンスだけで、実際に医療者が、例えば医師が、ぜんぶ納得して診療をできているのだろうか、ということを考える。



1.息切れで受診した患者さんがいて、話を聞いて、こういう症状があって、診察であんな所見があって、検査でこの値が陽性になったら、「薬(1)」を投与する。そうするとよくなる。エビデンスが示している。

2.息切れで受診した患者さんがいて、話を聞くと、さっきの人とはちょっと症状が違っていて、診察も少し違って、検査も少し違ったので、この場合は「薬(2)」を投与する。さっきの薬だと効かない。エビデンスが示している。



このような文章を、実際に専門用語でダァーッと書き連ねたものを、医療者がえんえんと座学で頭に詰め込んで、さて、実際に訪れた患者さんの前で、正確に思い出して薬を選べるものなのだろうか?

ぼくは、ぶっちゃけ、無理ではないかと思う。

そんなの、暗記マシーンみたいな人じゃないと無理だ。

いや、確かに、世の中には暗記マシーンみたいな人もいるけれど、病気の種類なんてもう無数に存在するわけで、その全てを暗記するなんて、絶対に無理だろう。

しかも、暗記したデータは、統計情報が日々更新されていることで、どんどん入れ替わっていくのだ。



だから、多くの医療者は、診断や治療において、

「プロセス」

とか

「ストーリー」

をとても大切にするのだと思う。



さっきの話を少し具体的にして、ストーリーをつけてみよう。


1.息切れで受診した患者さん。調べてみると、心臓の動きが弱い。心臓の動きが弱いと、肺の血液循環も悪くなってしまう。血液の中に酸素を取り込み、血液の中から二酸化炭素を追い出すための肺で、循環が悪くなると、全身に酸素が足りなくなり、二酸化炭素が溜まってしまう。だから、「息切れ(呼吸が苦しい、酸素が足りないように感じる)」という症状になる。

 こういうときは、心臓を手助けしてあげる薬がいい。薬(1)は、心臓を手助けする力がある。

 心臓を手助けすれば、血液の巡りがよくなって、肺の血の巡りもよくなる。そうすれば、息苦しさも解消するだろう。



2.息切れで受診した患者さん。調べてみると、体の中の血液の量が減っていることがわかる。ポンプである心臓はすごくがんばっていっぱいドクドク動いているんだけど、ホースの中身(血液)が少ないから、やっぱり血の巡りはあまりよろしくない。

 こういうときは、心臓を手助けしてはだめだ。心臓はもうめいっぱいドクドク動いているからだ。これ以上、心臓をがんばらせてしまうと、かえってへたばってしまう。

 心臓を手助けするのではなく、血液の量を足してあげるのが先決だ。また、ホースを少し締めるような薬(2)を入れる。ホースの太さを絞れば、中身が少なくても、流れるスピードが上がるだろう(庭に水をまくときに、ホースを指でつぶせば勢いが増すように)。




このようなストーリーがあればどうだ。

診断についても、治療についても、一気に覚えやすくなる。ただの文字の暗記ではない、風景と共に病態を理解することができるようになる。




さて、以上の話を「病理の話(54)」として掲載したのはなぜか。



今、病理医の数は足りていない、とされる。実際、多くの病院は自前の病理医を欲しがっているが、病理医の人数が少ないので、自分の施設に専任してくれる病理医を雇うのはなかなか難しい。

そのため、多くの病院は、「検査センター」と契約をして、病理診断を「外注」する。

これで、実は、日本の医療はけっこうなんとかなってしまっている。

病理医が足りない、足りないと言っても、実際に多くの手術は行われているし、診断も治療もそれなりに滞りなくできてしまっているのだ。

検査センターさまさまである。

では、検査センターではなく、自施設に常勤病理医がいるメリットというのはどれくらいあるのか。



臨床医達が、日頃の診療において「ちょっとした疑問」とか、「どうしても納得できないこと」があったときに、病理医が常勤していると、すぐ聞きに行ける。一緒に画像を見て、考えて、病理診断の理由を聞いて、そして、

ストーリーを一緒に編むことができる。



検査センターに外注していると、この「ストーリーの摺り合わせ」ができない。



ストーリーをいちいち想定しなくても、暗記能力さえ高ければ、医療というのは遂行できるものである。

最初に書いた通りだ。

そして、ぼくは、臨床の診療というものを、全て暗記で解決するのは不可能だろうと思っている。

だから、病理医がいると、診療のレベルが……そこまで目に見えてはあがらないのだけれど、「医療者達の満足度」は確実に上がる。



病理診断がAIに置き換わった未来を想定したとき、AIは果たして「語り部」になってくれるだろうか、「相談相手」になってくれるのだろうか。

そんなことを少し考える。