各種の画像検査の話をしばらく続けてきた。
X線・CT。
MRI。
超音波(エコー)。
内視鏡。
これらは患者の体を直接「ひらく」ことなく、中の姿を知ろうとする検査である。便利になったものだ。
医術というのはそもそも「ひらかずに中を見ようとする」ことに主軸のひとつを置いている。
内科、という言葉はまさにその象徴だ。内部をみる科。これだけで名前になってしまっているのだから。
昔の人は、体の中をみるにあたって何を考え、何を行ったか。
みる。触れて触る。叩いて響かせる。押しこむ。動かす。
これらを身体診察と呼び、医術の根幹を担う手技として今でも多くの医療者が使いこなす。
ここまで、臓器は直接みることができないというノリでブログを書いてきたが、実際には直接みられる部分というのはけっこういっぱいある。
皮膚。そうだ、皮膚とは体の一番外にある臓器だ。何がわかる? 色調をみれば血の巡りがわかる。血液に何かまじっていれば皮膚にも色が出てくることもある(たとえば、黄疸)。皮膚を「一番相手に近い臓器、一番相手とふれあえる臓器、すなわち愛の臓器である」とうそぶいた皮膚科医もいた。
目。眼球にはこまかな血管が走っており、眼球自体が透明に近いので、血管を詳しくみることが比較的容易だ。貧血のときにはまぶたのウラをみるとわかりやすい。黄疸は白目の部分でみるとわかりやすい。糖尿病で血管がぼろぼろになっていないかどうかも判断することができる。
鼻の穴。耳の穴。各所に空いた穴というのは、体の内部への入口であり出口でもあるから、内部の情報を少しずつ外にもらしてくれている。
「舌診」ということばがある。舌(した、でもいいが、ぜつ、と読む)は、咽頭・喉頭・食道・気管へと続いていく洞穴の入口だ。皮膚とはまた違ったニュアンスを含み、血流や栄養、水分量、あるいは粘膜の状態をみることができる。東洋医学で舌診がもたらす情報は極めて多い。
肛門も重要だ。外から指が届く消化管の粘膜というのは、舌・咽頭をのぞけば直腸くらいのものである。おしりから指をつっこむなんて多くの人はいやだけど、肛門から入ってすぐの腸管には腸の中にもれでた血液が溜まっていることがあるし、直腸の周りにある前立腺や子宮などの臓器を壁越しに触ることもできる。
とどけ、とどけ、とやっていく診断学。
身体診察はそれに留まらない。
手首を触り、手を握って、汗ばみ方や温かさを感じ取り、脈をとり、左右の差に注意をむける。もし左右の手に差があれば、それは体の中に左右のバランスを乱す何かが起こっている証拠かもしれない。
患者が息を吸って吐く様子をみながら、どの筋肉を使っているかを見定める。胸一杯に空気を吸い込むのに妙に力が入っていないか? 首の筋肉がつっぱったりしていないか? 腹のへこみはどうなっているか?
お腹をみる。張っているか。へこんでいるか。中に水が溜まっているかどうかは叩いてみると振動でわかる。お腹の中にある臓器のうち、小腸や大腸については空気を含んでいるから、叩くとポンポンとタイコのように音がしたりもする。押してみると臓器に触れる。触れにくい臓器もあるだろう、逆に、普段触れないものに触れたらそれは「臓器が大きくなっているか、場所がずれている」ということでもある。押して痛めばそこには何か騒ぎが起こっているかもしれない。押した手を離して痛むときは、お腹の壁が「跳ね返るトランポリン」のようにポヨンと跳ね返ることで痛みが出るわけだから、それはお腹の壁に炎症が及んでいるということかもしれない。
姿勢を変えたら痛みがよくなる、逆に痛みが強くなる。姿勢を変えることで位置関係が変わる臓器はどれとどれだ。そのどこかに病気が隠れているのか。それとも、以外と筋肉そのものに痛みがあるのか。
足をとる。動かしてみる。痛がりはしないか。可動域はどうか。こちらをひっぱってうまく動かないのにあちらに押したら動くというのは、関節に何かがあるのか。筋肉や腱が硬くなっているのか。
いくらでもある。
読んでいて気づかれただろうか? 「かもしれない」「だろうか」を連発していることに。だからしばしば、人はいう、「推測じゃなくて画像できちんとみればそれで解決するのに」と。
たしかに身体診察よりも画像のほうが「病気の姿を現している」ことはある。
でも実は、画像より身体診察のほうが「病気の姿を反映している」こともある。
X線の透過性で差が出づらい病気。かたまりを作らずぼやけた変化がかなり広く起こっている病気。そもそも特定の場所に原因がなく、血液全体に何かが広がっているとき。こういうときには、身体診察のほうが病気に一歩、二歩と近づいていることも多い。
画像検査の話から、身体診察までたどりついた。これらはすべて、あるひとつのこと、「中で起こっていることを外から見抜く」を目的とした技術である。
あと語っていない医術はなにか?
問診(患者の話を聞くこと)。医療面接ともいう。
血液検査。
心電図や呼吸機能検査などの、生理学検査。
まあこれらの話はまたいずれ。
病理の話が出てこないではないか? と思われる方もいらっしゃるだろうから、いちおう最後に書いておこう。
病理だけは、「中で起こっていることを外から見抜く」技術ではない。
「中のものを直接取り出してきてみる技術」なのである……。