網走から帰ってきた日の話が続く。というかまだ時間に余裕があるので、もう少し記事を書いておこうと決めた。前々回の記事はさっき書き上げたばかりなのだが、読み返していて、
「あっ、そういえば今日のぼくは何も持っていないけれど、昨日のぼくにはひとつネタがあったなあ」
と思い出したので、そのことを書く。
ぼくは昨晩、網走出張だった。網走での仕事が終わったあと、スタッフたちと晩飯を食べた。網走は年に数回しか訪れないが、いつどの季節に訪れても必ず日本で一番うまい魚が食える。まあ、魚というのは東西で種類がだいぶ違うから、北海道の魚に慣れたぼくが中四国や九州に行くとマジで感動して魚ばっかり食べてしまうし、北陸もぼくの味覚にぴったりフィットなのでやっぱり魚ばっかり食べてしまうのだけれど、それはそれとして、網走の魚はやはりうまい。釧路も稚内もうまいが
やめよう、魚の話をしたいわけではないのだ。先に進める。
ということで網走で刺身を食っていた。ほどよくアルコールが回ったところで、話題が「教科書」の話になった。ぼくらが仕事で使う本の話、初期研修医にどんな教科書を読んでもらうとよいかという話、医療系の雑誌の話などをぽつぽつしていた。そこでひとりの、とても優秀な放射線技師がこういった。
「ぼく実は子供のころから、ぜんぜん本が読めないんですよ」
ん?
まあ正直、耳を疑った。彼はほんとうに優秀な技師なので、まさか「本が読めない」なんてことあり得ない、と決めつけていた。どうせ謙遜だろうと思った。しかし彼はこう続けるのだ。
「いや、ほんとに必要な論文とかは読むんですけれどね。読み物がだめなんですよ」
それは小説とか、エッセイとか、そういう字の本がだめってこと?
「ええ、だから本はほんとにぜんぜん、一年に一冊も読んでいないかもしれません。マンガは読みますけれどね」
じゃ、じゃあ、自分の分野の勉強とかはどうしてるの? そんなにいろいろ知ってるのに。
「それは……勉強会とか、まあ関係ある論文とかは読みますけど。教科書みたいなのはまず読まないんですよ、読む気がしなくて……」
考えてみれば当たり前だ、世の中には本を読む人もいれば読まない人もいる、そんなことはわかっていた。けれどもぼくは完全に失念していた。医療者だって本を読む人と読まない人がいるということを。
「本 を 読 ま な い ま ま 腕 を 上 げ て い く 医 療 者」
すごいインパクトに感じたのだ。けれどまあそりゃそういう人もいるだろうな、とは思った。
そこで話は初期研修医教育の話になった。
「市原先生、初期研修医むけの本を用意しているっていってましたけど、それ、読みたくない人だっているんですよ」
ああ……そうか……。
「だから、今だったらあれですよ、DVDがいいです。あとはネットの動画とか企業のPR動画」
動画!
「内視鏡とか、救急手技とか、探せばいっぱい動画ありますよきっと。そういうのを初期研修医室に並べておいたほうがみんな喜びますよ」
ほんとうにショックだった。自分にかかったバイアスというのは自分では絶対に気づけないな、とも思った。
心のどこかで「本を読めない医療者がまともなわけねぇじゃねぇか」と反論したい自分がいるのだが、しかし、目の前にまさにその「本を読まないくせにめちゃくちゃ優秀な医療者」がいるのである。ぼくはぐうの音も出なかった。
ぼくもこうして老害になっていってるんだなあ、とまで思った。とりあえず研修医向けのDVDを大急ぎで集めようと画策している。とりあえず自分で見てから勧めたいなあとは思うのだが……DVDかあ……。がんばらないとなあ……。