「虫垂だの農家の四男坊なんてのは
やたらに切っちまっていいもんじゃないだろう」
というセリフがある。
これは最近の医学でも、まったくそうだその通りだと言われている。
虫垂というのは一般には「モウチョウ」などと呼ばれており、しかもそれは基本的に病気のニュアンスを含んでいる。
右の下っ腹が猛烈に痛くなり、ひどいと手術でとらなければいけない。それが「モウチョウ」。
ごく一般的に知られているのはこれくらいだ。
かつて、小学生とか中学生の間では「あいつモウチョウで陰毛ぜんぶ剃ったらしいぞ」と、なぜかやたらと剃毛と一緒に語られる機会が多かった。
今では「モウチョウ」の手術で陰部の剃毛が必要とは限らない(むしろしないことも多い)。
モウチョウモウチョウと書いてきたが、正確には「虫垂炎」である。
この有名な病気が起こる舞台はあくまで虫垂であり、盲腸ではない。
「チュウスイ」という発音が特に難しいわけではないのに、なぜか俗世間には「モウチョウ」という呼び名で広まってしまった。
誰が最初に、虫垂炎をモウチョウと言い出したのだろう。ふしぎだ。
盲腸の先端部にちょろっと、バルーンアートのほそながい風船の「まだ空気が入っていない細い部分」みたいな感じでぶら下がっている小指くらいの臓器が「虫垂」。
https://www.med.or.jp/forest/check/chusuien/01.html (日本医師会のホームページより引用)
この虫垂に炎症が起こっている病気を「モウチョウ」と呼ぶのは、ちょっと雑だなあ。
千葉にあるのにトウキョウディ……
やめとこう。「千葉が虫垂だという意味ですか!」とか絡まれたら困る。
さて、この虫垂、
「いつか病気になるかもしれない爆弾、そして機能は特にない」
とまことしやかに信じられていた。
つい最近まで、虫垂の機能はよくわかっていなかった。
けれども、この虫垂にもなかなかたいそうな機能がある。
現時点でぼくが知っている「虫垂の機能」はおもに2つあるのだが、そのうちの1つ、「常在菌のストックをしている」というのが「おおー」って感じがして好きだ。まあまだ完全に証明された仮説ではないようだが。
人間、たまにお腹をくだす。
水みたいなやつがでる感じの。
このとき、「善玉菌」も、けっこう洗い流されてしまう。
悪い菌に感染してしまい、腸の中が「悪玉菌」みたいなのでいっぱいになることもある。
このときも、「善玉菌」が駆逐されてしまう。
気軽に「善玉菌」って書くと、なんだ、正しいことばを使え、みたいに怒る人もいるのだが、わかりやすいのでこのまま書く。人間の体内では、人間とうまく協力してやっていってる善玉菌(常在菌)がかなりの数いる。この菌を倒すと健康を損なうくらい大事だ。一説には数百とか数千という種類の菌が腸内に住んでいるのではないか、とさえいわれる(ちょっと多すぎる気もするが)。
この、腸内の菌環境が、ときおり乱れてしまう。人間は毎日違うものを食べているし、ときどきお腹をこわしたりするからね。
で、善玉とか中立みたいなやつらが元気をなくして、いわゆる「悪玉」がメインになってしまうと、そこから善玉菌が復権するのにはなかなか苦労をする。
この苦労にに備えて、「虫垂」の中に、善玉菌をストックしている……という考え方がある。
非常時の備蓄みたいなものだ。
有事の際に、倉庫にある物資を配る。
そんなことがまったくわかっていなかった昔、手塚治虫が作中にこめた
「虫垂だの農家の四男坊なんてのは
やたらに切っちまっていいもんじゃないだろう」
というセリフ。
手塚治虫にしてみたら、浪花節みたいなノリでかっこよく入れただけのセリフかもしれない。手術したらその分合併症のリスクがあるから、何もない虫垂を気軽にとるのはやめようぜ、くらいの意味はこめていたのかもしれない。
けれど、今の知識を持ってからこのセリフをみると、なかなか味わいがある言葉ではあるなあ、と思う。
まあ今の時代に「農家の四男坊」が感じるニュアンスは、当時のそれとはだいぶ違うだろうけれどね。