2018年5月24日木曜日

病理の話(203) 原因探しはむずかしい

がんが「がんである」と診断し、「どれくらい広がっている」かを判断する。

最近はこれに加えて、「なぜがんになったのか」まで検討することも求められる。現代の病理診断は奥が深い。




なぜがんになったのか、というフレーズから、多くの人がぱっと連想するのは、

・たばこの吸い過ぎ

とか

・遺伝

とかではないかと思う。

間違ってはいない。しかし、現在のがん科学は、「がんになった原因をひとことで説明するほど単純ではない」。

これらはいずれも重要な因子のひとつではあるが、「がんになるかならないかを決定づける全て」ではない。






ぼくが今スマホを落っことして割ったとしたら、スマホを割った「責任」は「ぼくが落としたこと」にある。ここまではいいだろう。

責任、は、わりと社会的なことばであり、比較的ひとつのところに収束することを求められる。どこかで一箇所に落とし込んでおかないと、「誰が責任をとるのか」という問題があやふやになるからね。

けれど、スマホを割った「原因」は、決して一つではない。

ぼくがスマホを落としたこと。これは確かに原因のひとつだ。

でもそれ以前に、スマホを「持ったから」落とした。持たなければ落とさなかった。だから、持ったことも原因ではある(責任とは言わないだろうけれど)。

スマホを持ったときにぼくが疲れていた。原因ってのはさかのぼることができる。

スマホがたまたまつるつるしていた。こちらはぼく個人とは関係のない、スマホ側の要因だ。

スマホのカバーの耐久性がもろかった。これだって原因になる(責任は問えないだろうなあ)。

落として割ったところがたまたま硬かった(責任ではないけれど原因だろうなあ)。



これらはすべて「スマホが割れた原因」。

スマホの修理代とか賠償とかを考えると、「責任はぼくにある」のひとことでいいだろう。

でも厳密なことをいえば、スマホが割れた理由は「ぼく」だけとはいえないのである。

「いやー、結局おまえがスマホ落としたから割れたんでしょ?」

うん、まあ、責任論だったらそのツッコミでいいと思う。けれども、「責任」と「原因」をごっちゃにしてしまうと、今日の話は理解しづらい。

たとえば、スマホ会社が「割れにくいスマホを作るための研究開発」をする際に、「定期的に市原にスマホを落とすなと注意喚起のメールを送る」みたいなわけわからんちん対策をとるだろうか?

きっとスマホ会社は、原因を細かく分析した上で、自分たちが直接アプローチできる「落としても割れないくらい強いカバーを作ってみよっかな」くらいのアイディアを出すだろう。

原因が複数あると気づくと、対処できる場所の数が少し増える。




話を冒頭に戻す。

最近は、病理医が、あるがんを診断する際に、「なぜがんになったのか」まで検討するよう求められることが多い。

それは、遺伝子変異の検出だったり、染色体異常検査だったり、メチル化関連タンパクの免疫染色だったりする。

「この遺伝子に変異があるからがんになったのだな」というのは、重要な原因のひとつである。

「唯一の原因」ではないが、「その原因を追及することで、将来なんらかの対策がうてるかもしれない」ということを期待している。

ただ、原因は複数あるということが肝要だ。

そう、病理医のやることは、どんどん増えていく。