2018年10月2日火曜日

病理の話(248) ワールドプロ細胞リング

細胞の実況中継をできるといい。



「基底側の直上にある細胞に、動きが……?」

「なにやら不穏ですね」

「やや腫大してきています」

「おまけにタンパクの発現が少し狂い始めていますね」

「注意しておかないといけません」

「同感です」

「ああっとここで変異が一つ増えた!」

「あきらかに従来よりも挙動がおかしくなりましたね」

「基底側そばの線維芽細胞リポーターによると、細胞分裂の回数が増えているとのことです」

「ありがとうございました」

「一方でいつのまにかアポトーシス回避能力を手に入れているようです」

「うまいですね、いつのまに獲得したんでしょう」

「さあ、基底側直上でカタマリをつくりはじめました。いよいよ腫瘍としての性質が垣間見えはじめています」

「まだ浸潤はしていないようですが、時間の問題ですね」

「おっここでドライバー変異をもう一つ獲得!」

「ここからは早いかもしれません、さあこのまま免疫は黙って見過ごすのか」

「アッ動いた、動きました! 免疫が動きました。T細胞系の誘導がかかりました」

「先ほどのドライバー変異が免疫系にとっても目印になりやすかったのでしょう。攻撃側にとっても重要な変異ですが、守備側にとってもマーカーとなっているのは皮肉です」

「激しい戦いがはじまりました」

「腫瘍細胞はもう癌化しているんですけれど、今回は免疫の動きがよかったですね。このまま守備側が押し切りそうです」

「免疫軍のヘルパーT氏は、初動に自信がある、絶対に止めてみせる、と事前のインタビューでも答えていました」

「あーさらにB細胞が参戦しています。TNFα系も動き始めました」

「これは勝負ありましたね」

「浸潤開始する前に腫瘍細胞が駆逐されました。1回表、終了です」

「今日は打撃戦でしょうね」



プレパラート1枚を見ているだけだとこういう「時間の経過と、細胞の思惑」というのはなかなか見えてこない。

けれども、多くの症例を目にして、多くの学術論文を参照しているうちに、ストーリーめいたものが少しずつ見えてくる。

別に病気をモチーフに遊べと言っているわけではないのでそこんところは悪しからず。

こういうのはおおまじめにやるべきことだ。