2021年5月24日月曜日

病理の話(537) サイコロのイメージ

某看護学校での講義で、学生さんに質問されたことがある。


「先生、何歳からやってたら子宮頸がんになりやすいんですか?」


なかなかパンチのある質問だ。ふつう、「先生」にはあまり用いないタイプの言葉使いである。笑ってしまった。


ぼくは、この人から質問を受ける直前、授業中に、以下のように説明していた。


「子宮がんは、比較的頻度の高いものが2つあります。ひとつは子宮頸がん、もうひとつは子宮体がん。

このうち、子宮頸がんは、ほとんどの場合、ヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスによって引き起こされます。HPVは主に性交渉によって感染するウイルスです。

したがって、比較的若年のころから性交渉歴があり、しかも複数の相手と性交渉をくり返していると、HPVに感染するリスクが高まり、結果として子宮頸がんを発症するリスクも上がっていくと考えられます。

だからHPVワクチンは性交渉を開始する前の年齢で、若いうちに打ったほうが効果的だと言われています。

もっとも、現在のデータでは、20代であっても30代であっても、性交渉をしたあとでも、ワクチンを打った方がメリットが大きいとする意見が強くなっていますけどね。みなさん(※看護学生)も、ぼくの話を聞いたらなるべくワクチンを打つようにしてください。最近になって多くのデータが出そろい、大きな声で『打った方がいいです。』と言えるようになりました。まあ、今までも小さな声では言っていたのですが……」



この話をうけての、「先生、何歳からやってたら子宮頸がんになりやすいんですか?」である。じつにクリアな質問だと思う。


ぼくは「リスクが上がっていく」という話をしているのだが、学生さんは、「どこかに目安となる年齢がある」と感じたわけだ。○歳より前に性交渉をすると子宮頸がんになりやすく、○歳より後ならならない……のように。


で、ぼくは追加で、以下のような話をした。



「○歳まで待てば大丈夫、みたいな話は言いにくいんですよ。がんに限らないんですが、あらゆる病気は、原因がはっきりひとつに決まっているんじゃなくて、複数の原因の併せ技と、あと……言い方は悪いですが、『運』によって発生するんです。


イメージとしては、面が10万個くらいあるサイコロを毎日振り続けて、『はずれ』と書いてある目が出たら、がんに向かって一歩近づく、みたいなかんじ。


『はずれ』と書いてある面の数は、10万ある面のなかで、2,3個くらいなんですよ。ふつう、めったなことでは出ませんね。でも、人間の体の中にはとんでもない数の細胞があるし、これらが一斉にサイコロをえんえんと振っている。だから、いつかははずれが出ます。


でも、はずれが出ても、それがイコール『命をおびやかすがん』につながるかというと、そうではない。がんの三歩手前にたどりつく、くらいなんです。確実ながんになるには、まだまだ、サイコロを振り続けて『はずれ』が蓄積する必要がある。


いよいよ、めったなことでは起こらないなあ、と思ってほしいんです。


じっさい、世の中にいる人の大半は、長い人生の中で1回くらいしかがんになりませんし、まったくならない人もいます。まあ、2回、3回とがんになる人もいますけれど。


ただ、このサイコロ、『はずれ』の面の数が一定ではないんですよ。とった行動によって、増えたり減ったりする。


HPVに感染すると、子宮頸部の細胞がもっているサイコロについては、はずれの数がぐんと増えます。


すると、サイコロを振るたびに、はずれが出る可能性がちょっと上がる。


もちろん、サイコロにはほかにも目がいっぱいあるんで、2個あったはずれが10個になったくらいでは、まだまだ、はずれが出ることはめったにないでしょう。


でも、はずれの面が増えたサイコロを長く振り続ければ振り続けるほど、いつかはずれにたどり着く可能性は上がりますよね。


それが、『若くしてHPVに感染すること』の、ほんとうの意味です。


○歳より早くHPVに感染すると絶対に子宮頸がんになる、なんてことはない。ただ、若いときに感染すると、それだけ多くサイコロを振ることになるよ、ということなんです。」



この話を説明しながらぼくが内心考えていたのは、それでも、「性交渉自体を悪だと思わないでほしいな」ってことと、「全身の細胞がふるサイコロの『はずれ』をバカみたいに増やすのってタバコだよな」ってこと。


まあそういう話もいつかするだろうな、と思いながら、授業をすすめた。学生と向き合う時間はたっぷりあるのである。