2023年2月2日木曜日

病理の話(742) 急ぐタイプの病理診断

「一刻をあらそう病理診断」というのがたまにある。

一番有名なのは、術中迅速診断だ。

手術の最中、患者のお腹がまだひらかれている間(あるいは患者のお腹に腹腔鏡が入れられている間)に、外科医が患者のお腹の中から「勘所」の細胞を採取して、病理の部屋に届ける。

病理の部屋では、細胞が適切に処理されてプレパラートに乗っけられ、病理医はそれを顕微鏡で見て、どういった細胞が取れてきたのかを判断する。

この判断のあいだ、手術中の外科医は手を止めている。判断の種類によってそこからの手術の流れが変わるからだ。

たとえば胃を取る手術ならば、胃と食道を切り離したはしっこの部分(食道との境界部)をリング状に切り取って、病理検査室でプレパラートにする。このリング内にがんがなければ、「手術でがんは無事とりきれた」と判定できる。もし切れ端の部分にがんがあれば、「がんは食道のほうに進んで行っている」とわかり、外科医はそのまま追加で食道も少し切り取って、がんを体の中に残さないようにする。

この判断を手術の最中にやってしまうというのがポイントだ。胃を切ってお腹を縫って、後日、「じつはがんは取り切れていませんでした、また手術をやりなおしましょう」だと、患者も外科医もがっくりしてしまうから、お腹を開いているあいだに判定して、その場で決着をつける。このとき必要なのは、「普通は1日かけてプレパラートを作っている工程を10分に短縮する技術」と、「たった10分で作った(いつもより品質の低い)プレパラートをすばやく見て誤診しないための技術」である。前者は臨床検査技師の腕に、後者は病理医の腕にかかっている。

1分でも早くみたほうがいい。なにせその間、手術はストップしているのだから。

(※外科医の中には、病理の判断をまつ間、ほかの部分の手術を進ませているちゃっかり者(?)もいる。)

でも、ここで誤診すると大変なことになる。本来は1日がかりで調整するプレパラートをたった10分で作るため、いつもよりもはるかにクオリティの低いプレパラートになるので、細胞も見づらいのだが、それは言い訳にならない。

「ゆっくり急いでじっくり手早く」見る必要があるのだ。



ではそれ以外の病理診断は急がなくていいのか?

たとえば、主治医が「これはがんかもしれないな……」と思って、体の中から細胞をつまんでとってくるとき。

ぼくのような病理医は、「がんの診断なんて1日でも早く付けたほうがいいに決まってる!」と思いがちだ。

でも、実際には、1週間とか2週間という決められた期限のうちに診断を出せば、患者にとっても主治医にとっても不利益にならないパターンのほうが多い。「可能な限り早く診断を!」と急ぎまくってミスをするより、じっくり診断したほうがいいという考え方もある。

そもそも主治医は、患者の体から細胞をとって病理に渡したあと、ほかにやることがないわけではない。チェックすべきは細胞だけではないのだ。たとえば心臓の機能はどうだとか、肺の機能はどうだといった、患者のほかの情報を探ることが必要である。病理のほかにもいろいろと検査を同時並行で行っている。

そういうとき、病理医だけが「がんがありました!」と情報を出しても、主治医はほかの情報が出そろうまで患者に説明しない場合がある。主治医と患者は、「がんか、がんじゃないか」だけに興味があるのではなく、それががんだとしたら今後どうしたらいいかまで含めて考えていかなければいけない。病理診断だけ急いでもあまり意味がないというわけだ。



とはいえ、患者の病気がどんどん悪化しているようなケースで、「一刻も早く細胞の診断の結果を知りたい」ということもあるにはある。そういうときは、病理の部屋に提出する依頼書に、

「至急」

と書いて赤丸で囲っておく。あるいは目立つ色をしたクリアファイルの中に依頼書を入れて出すこともあるし、主治医が病理医に直接電話をして、「急いでください!」と言うこともある。そういうときはぼくも一切躊躇せず、すべての活動を後回しにして1分でも早く診断を出そうと思って動き回る。ケースバイケース、コミュニケーションイズインポータントです。