2023年2月17日金曜日

伐採の風景

東京の地下鉄に揺られながら生きづらさのことを考えていた。改札を通り抜けて壁に掲示されている地図を見ていると、改札の中で女の人がぴょんと跳ねたのが目の端に映った。とっさにぼくは、変な女がいる、近寄らないでおこう、改札を越えてからでよかった、と思ったが、なにやら女は駅員を呼んでいるらしい。すぐに出てきた駅員は女とふたことみこと何やら言葉を交わして階段の方へダッシュしていった。「具合悪そうな人がいるんです」という声が聞こえた気もして、ぼくは少しその場を動けないでいた。病人かもしれないが酔っ払いかもしれないし、ケンカかもしれないと思った。「でも、ならばぼくにできることはないだろう」と自分の声が脳内に響いた。

「ならば」とはなんだろうか、自分でもよくわからない。

改札の中にとって返して「何か手助けしましょうか」と声をかけることもできたはずだが体は全く動かなかった。駅のホームでのトラブルならば、成人男性が数人いたほうが役に立つはずである。しかしこのときのぼくは「もう改札を出てしまったからなあ」というエクスキューズで、目の前に起こっている事故・事件の場から急速に逃げだそうとしていた。



前の晩、羽田から品川に向かったときのこと。折り返し運転の京急に、ぼくより若いサラリーマンがノーマスクで前後不覚となり座席で寝こけていた。どこから乗ってきたのかわからないがおそらく目的地は羽田ではなかったのだろう。品川と羽田の間のどこかに自宅があるのかなと思ったし、もし行く先が羽田だとしても、こいつの乗るはずだった飛行機はもうとっくに飛び立っているはずの時間であった。そもそも男の手持ちの荷物はリュックひとつでおよそどこかに行く雰囲気はなかった。そのリュックは、穴守稲荷あたりの振動で男の腹を滑り落ち、盛大に床に仰向けになって、チャックからスマホが飛び出した。あまり混んでいない車内ではもちろん誰も拾わないし声をかけないし男を起こしもしなかった。どうせ酔っ払いだろうしトラブルに巻き込まれるのはいやだ。いびきもかかないしゲロも吐いていないし、このまま放置しておけば終電が終わった後に駅員にどこかの駅で起こされるだろう。それで十分ではないかとぼくも思ったしみんなも思っていたと思う。次の瞬間にでも男の目がかっと開いてぼくの目とあったらいやだから、見守りもせずに意識をその空間分だけ切り取る、もしくは刈り取るようにした。男はだらしなく座席で寝続けており、駅で電車が留まるたびに隣に平気で女性が座って、男のことを気にもせずにスマホを見始める。札幌ならきっとこのような酔っ払いの周りにはATフィールドのように人のいない空間ができるはずなのだがさすが東京は一般人のくぐってきた場数が違うと思った。ぼくももはや男のことが気にならなくなっていた。



女と駅員が改札階からいなくなったあと、壁の地図をスマホの地図と見比べながら、別にこうしてスマホでもう地図を出しているのだから駅の壁を見ている必要はないというのにどうにも動かない足を、ホームの中にいくでも地上に出るでもない足を、不思議に思っていた。行き先も完全にわかってこれ以上無駄に地図を見ていてもしょうがないのでぼくはようやく階段を登る。未練というには残してきた印象が黒く臭かった。階段を登るにつれてぼくは早足となった。まだ待ち合わせの時間にはだいぶ早く、近くで少し時間を潰していこうと思い、駅のすぐ横にあった喫茶店でラテを頼んで席に着いて遅めの昼飯とした。20分か、30分か、店を出ると、さっき出てきた地下鉄の階段の前に、消防車と救急車が止まっていて、ぼくは取り返しのつかない罪を犯していたことに気づいた。

ぼくがあのとき改札を逆に戻ってAEDでもタンカでもなんでも運んでいたら状況は変わっただろうか。いや、消防車と救急車が来る状況は変わらなかっただろう。他人が外から見ている状況としては何も変わらなかったはずだ。そして残酷なようだがおそらく倒れていた人の予後にもほとんど影響は与えられなかったのではないかと思う。しかし、あの場にいた、駅員を呼んだ女、駆けていった駅員、そしてホームで倒れていた、素性も年齢も性別も家族構成も好きな食べ物もこの先やりたいこともひとつとして思い浮かばないどこかの誰か、そういった間違いなく当事者であった人びとから見た主観的な状況は、おそらくぼくが介入することで何か変わっただろう。ぼくは状況を変えなかった。命のあるなし、結果の良し悪し、そういうものまで動かせたとは全く思わないが、ただ、「あああなたも来てくれた人か」と、「どこのどなたかわからないが駆けつけてくれたのか」と、そこにいた当事者たちにとって微弱に状況を変化させることはできたはずなのにぼくは直感的にいろいろと理由を付けてその場にいることを拒否した。ぼくはその変化を起こすだけのきっかけと手足と脳を持っており、一般的な医師ほどの救命能力は全く持たないにしても少なくとも善意の一般人として通りすがりの状況チェンジャーになる資格はあった。でもぼくはついさっき、その立場から逃げることで、人の命よりもなお少し複雑な何かをおそらく見殺しにしたのであった。店を出たところで呆然と立ちすくんでいるぼくの横を、風のように通り過ぎて喫茶店に入っていくスマホを握りしめた若い男と、一瞬目があったような気もしたが彼はおそらく昨日のぼくと同じように意識の中で風景を刈り取っており、ぼくはあの日からずっと跳ねた女と駅員の情景を夢に見続けている。