「生命はタダのタンパク質のかたまり」
なのだが、
「タダのタンパク質のかたまりでいれば『安定』しているにもかかわらず、なぜわざわざ『相互作用して局所のエントロピーを減少させる時限的な存在』となり、そんな偏った状態を『継代』してまでエネルギーの高い状態での安定をもくろむのか、なぜそんな現象が自然に起こり得るのか」
を考えるのがおもしろい。
「実際にはタンパク質のかたまりではなくて、脂質も関与してるし、ペプチドと糖鎖が混在している場合もあるし、電解質の移動も生命そのものだし、だいたい水分だってすごく多いし、生命に含まれてるタンパク質の総量(質量比)は体重の2割を超えてこないからタンパク質のかたまりと言うのはかなり語弊がある」
みたいなことを考えるのもおもしろい。
「生命の中にあるすべての要素を床にならべてかたまりにしても生命にはならないわけで、これらがいかに配置して、いかに相互に連絡をとりあって、どのように新陳代謝をして、どうやって集団でひとつの機能をなしているのか」
なんてことを考え始めると夜が終わる。
そうかい? まあそうかもしれないね。
くらいの感想を持ってくれた人は、全員、生命科学研究のことをおもしろいと言ってくれるはずである。
は? 何言ってるかわからん。
くらいの感想の人も、まあ、生命科学研究だったら興味をもってくれるかもしれないけれど。
生命科学研究にはいろいろな種類があって、それはたとえば、
1.カレー粉の中にふくまれているクミンという香辛料はいったい何からできていて何の味を作っているのだろう、というように、構成している物質ひとつに着目するもの
2.カレー粉はクミンとコリアンダーと唐辛子と……と配合されているがこれらの配合を変えると味はどうなるだろう、というように、構成している物質の比やかけあわせに着目するもの
3.カレー粉を使わずにカレーの味を出すには
4.カレールーにライスやナン以外に何をマッチさせるとうまいか
5.カレーに合う飲み物は
6.カレーを食べた後のにおいを消す方法
7.カレー屋として食っていくためにはいくらで仕入れていくらで売るのがよいか、もうけを出しつつカレーをうまくするのにぴったり合う食材とは
8.スープカレーはカレーなのか
9.カレーの味を研究する人むけにルーに差し込むと辛さを客観的に判定してくれる機械を作る
10.ハヤシライスとカレーの違い
11.カレーを長期保存していつでもカレーが食えるようにするシステムづくり
12.悪くなった食材をカレーにアレンジすることで再び食えるようにできるか
13.
14.
とまあ、同じカレー研究と言ってもいっぱいあって、じゃなかった、あくまでカレーは例えだったはずなんだけれど気合いが入ってしまった、ひとくちに生命科学研究と言っても千差万別なのである。カレーひとくち。
「病理」というのは「病の理」と書くので、これはつまり、カレーについて考える学問を「カレー理学」と書くようなもので、ほんらい、カレー理学と言っても多種多様であるのとおなじく、病理学もまた多種多様である。
つまり病理学をひとくち……ひとことで説明するのは大変難しいのだが、「カレーはうまいから好きだよ」みたいなとっかかりがあると、いろいろあるのはともかくとして、病理もおもしろいんだなあと思っていただけるかもしれず、そしたらどこかの誰かが病理学の一分野で大活躍してくれるかもしれないのである。
そういえば今思い出したが、順天堂大学の病理の教授はカレーが好きすぎてDr. Curryというあだ名で世界的に有名であり、出張のたびにカレーを食うし自宅でカレーを作って学生に食わせたり客に食わせたりしている。消化管病理学の世界では非常に有名であるが、カレーの世界でも有名であるそうで、天は二物を与えたなあと思う。