「防御力を完璧にしておきたい場所」というのが、人体の中にはいくつかある。
まず、皮膚。何を差し置いても皮膚。外的な攻撃をいちばん受けやすい場所だ。
皮膚は「扁平上皮(へんぺいじょうひ)」という強靱な細胞で覆われている。扁平上皮は、ジグソーパズルのようにすきま無く張り巡らされており、しかもジグソーパズルの溝の部分には「タイトジャンクション(がっちり結合)」と呼ばれる接着剤のような機構があり、文字通り水も通さない。
この強力な扁平上皮については、ぼくは「触手が届くところは扁平上皮である」という謎理論を導入するなどして、このブログで何度か書いてきた(触手、すなわち外的刺激が少しがんばって届きそうなところは、皮膚と同じような細胞によってガードされている、という話)。
口の中は、皮膚と似た扁平上皮。まるで見た目が違うように思うが、くちびるだって、扁平上皮で覆われている。なんと、その先の食道も、ずっと扁平上皮だ。胃に届いてはじめて、扁平上皮は姿を消す。
耳の中も。鼻の中も。
膣の中も扁平上皮で覆われている。愛撫で細菌が体内に侵入しては困るだろう。
これらはすべて、外的刺激を跳ね返すために、扁平上皮で覆われている……。
ただ、実は、人体というのはさらに細かい調節を行っている。
それはどこかというと、「尿道」なのである。
尿道や膀胱は、言ってみれば「触手が届く臓器」である。だから本来、扁平上皮で覆われていなければ、外的刺激を跳ね返すことができないはずだ。
しかし、尿道と膀胱(ぼうこう)には扁平上皮はみられない。かわりに、「尿路上皮」と呼ばれる独自の機構を用意している。
なぜ?
人体のあちこちで、「外部刺激が加わりそうなところ」をやたらめったら扁平上皮で覆ってきたくせに。
なぜ尿道とか膀胱だけは、扁平上皮を使わないのか……?
答え。
膀胱は、尿をためてがまんする臓器だから、がんがんに伸び縮みしないといけないのだが……。
扁平上皮は、尿をためるために伸縮する袋(膀胱)をつくるには、「硬すぎる」のだ。伸び縮みしづらい。
皮膚をひっぱってみよう。ほっぺたでもいい、腕でもいい。
多少は伸びる。けれど、膀胱はこの程度の伸縮では困るのである。膀胱が皮膚程度の伸縮しかしなければ、ぼくらはもっと簡単に失禁してしまうだろう。
だから、「扁平上皮にはかなわないけど、扁平上皮に準じるくらいのタイトさを持っていて、かつ、横方向に伸び縮みする細胞」というのを、人体はわざわざ膀胱のために用意したのである。
これにより、扁平上皮よりちょっとだけ防御力が弱くなる。さあ、人体に何か悪影響があったろうか……?
実は、思ったより、なかったのである。理由は、尿だ。
尿は一方通行なのだ。腎臓から、尿管、膀胱と進んで、尿道を通って外に出される。この流れは常に一方向であるため、体外から細菌などが膀胱に入るには、「流れを逆流しなければいけない」。これがけっこうな手間だったのである。
そのため、扁平上皮ほどの防御力がなくとも、尿路上皮程度の防御力さえあれば、外的刺激からの防御は十分事足りたのだ。
膀胱のために用意した尿路上皮は、隣近所である尿管や尿道、腎盂にも張り巡らされている。すなわち、尿が接するところはすべて尿路上皮ということにしてしまった。
これで、基本的に、問題ないのである。人体というのは実によくできている……。
ただし。尿路上皮はやはり、扁平上皮と比べると、少し弱い。
そのため、尿の逆流が起こりやすい状態(尿道が短い女性とか、前立腺肥大によって尿が出づらくなった男性とか)や、全身状態が悪く、免疫が低下している状態では、外界からの刺激を跳ね返しきれなくなることもある。
これが、膀胱炎や尿道炎、腎盂腎炎である。
人体というのはとてもよくできている。だからこそ、複雑な機能を満たすためにさまざまに「分化(ぶんか)」した細胞の、弱みみたいなものを、病気というのはしつこく突いてくる。
逆に言えば、「ある年齢、ある性別、ある状態」である人がどのようなウィークポイントを持っているかをきちんと把握して、「城のここが弱いから、攻めてこられるとしたらここだろう」と予測できる医療者は、診断のスピードがとても速いのである。