2020年8月7日金曜日

病理の話(441) 病理医はフレックスかどうか

「病理医はプレパラート相手の仕事だから、働く時間がわりと自由でいいよね」っていう評価を、病理医以外から聞くのはともかく、当の病理医からも聞くことがある。


たとえば、「早く帰って子どもを保育園にお迎えに行けるのが病理医のいいところです(笑)」と、医学生向けの病理医勧誘イベントでたからかに宣言している若い病理医(男性)と友達なのだが、彼に話を聞いてへぇーと思ったこと。


彼は保育園に子どもを迎えに行って、晩飯を作りながらパートナーの帰宅を待ち、子どもと一緒に風呂に入って、夜8時には一緒に寝る。そして、それでは仕事が終わらないし、自分のための勉強時間も取れないので、朝3時に起きて論文を書き、5時には出勤して前日分の仕事を終え、夕方4時まで働いてフレックス帰宅するのだそうだ。

そのような暮らしをかれこれ3年ちょっと続けている彼が、「病理医って時間に縛られないからワークライフバランスが保てていいですよね」と言っている。

いやいやいや。

量としてのバランスは保たれてるけど、配置はめちゃくちゃじゃん?

聞きながら笑ってしまった。本人は充実しているようなので、もとより、文句のつけようがないのだが。




ぼくの場合、朝7時半から夕方7時くらいまでは、臨床医からの問い合わせが多い時間帯だ。この時間にデスクにいないと仕事がどんどん積み上がってしまう。だから勤務時間はほかの医者と変わらない。そこを変えてはクライアントに対応できない。

目の前のプレパラートを見て考えて書くだけで仕事が終わるならば、たしかにこの仕事、フレックスで働けるかもしれない。検査センターでバイトするならフレックスか。

けれども実際には、プレパラートを見て考える前に臨床医と話し、プレパラートを見て考えて書いた後に臨床医と話す、ここに病理診断医として常勤する意味と醍醐味と滋味がある。

「プレパラート前」と「プレパラート後」には少なくとも他の医者と同じ時間帯で出勤していないと。

「プレパラート中」だけフレックスにするというのはけっこう難しいぞ。




この話をはじめるとあっという間にうなずいて頭蓋骨をがくがく振動させてロッキンオンみたいになっていくのはたいていフリーランスで働いているライターだとか、フリーの美容師、芸能人、YouTuberといった、いわゆる「ふつうではない仕事」についている人たちだ。

たぶん彼らも、「好きな時間に美容院行けていいな」とか、「自分のタイミングで家に帰れて好きなテレビ見られていいな」とか、「混んでないタイミングでディズニーランド行けるじゃん、いいな」とか言われているのだろう。

わかってないなーと反論するのは10年目くらいまでだ。その後は淡々と、「へえ、みなさんは大変ですね」とニコニコする道を選ぶ。




ぼくらはほとんど、「人の間」ではたらく。ごくごく一部の、「社会が自分に完全に合わせてくれるケース」を除いて。

それは超一流の芸術家だったり音楽家だったり。「こいつは本当に好きにやらせておくことですばらしい仕事が出てくる」と、世の中に完全に思われているごく一部の大天才だけが、文字通りの「フレックス」で働くことが可能、かもしれない。

でも大多数の人はそうではない。

人は自分ひとりで働くわけではない。誰かといっしょに何かをしなければいけない時間があり、そのために「世間と同じ時間帯に何かを揃えておかなければいけない」。





……一応断っておくけれど、芸術家や音楽家の仕事がラクそうだと思ったことも、ない。

みんな大変なんだ。

そんな中で、「まわりよりラクだと思わないとやっていけない」というストーリーに身を委ねた一部の人が、

「病理医はワークライフバランスが保てていい仕事ですよ」

という筋書きを、「意図的に」語っている。ぼくはそれを笑って聞いている。





蛇足。

病理学会では昔、「ワークライフバランス」という言葉をリクルートの中心に置いていた時期がある。

実はその時期は、病理医を目指す若手の数はさほど増えなかった。興味を持つ人の数は増えたのだが、最終的に病理専門医試験まで通過する人間の数を押し上げる結果にはつながらなかった(増加率がそれ以前と変わらなかった)。

むしろ、病理医には「激務だがやりがいがある」「戦いの末に得られる栄冠がある」みたいなノリがあるのだということが知られてからのほうが、バイタリティのある医学生たちは病理医を目指すようになったと思う。事実、この5年くらいは病理を専攻する人の数が急増中である。

この逆転は興味深いなーといつも思っている。

マンガ『フラジャイル」の中には、「病理医はフレックスで、ワークライフバランスを保てる」と説明するシーンが一切出てこない。これも象徴的だなーと感じている。