2020年8月12日水曜日

病理の話(442) 例えがハマる病気とハマらない病気

病気にもいろんな種類がある。

これを分類して解析するのは「病理学」の大事なやくわりのひとつである。

ただ、まっすぐ人体という超絶複雑系のことを無理して学ばずとも……。

たとえばお手元にあるパソコンとかスマホのような「精密機器」が、どういう理由によって壊れるかを考えれば、それでけっこう人体のことが遠回しにわかってきたりもする。



まずそのスマホ、おっことしてぶつけたら、いろいろ壊れるだろうというのは想像しやすい。

打ち所が悪いと電源が入らなくなるし、仮にデータが大丈夫でも画面が割れればそれだけで使いづらい。

似たようなことは人間にも起こる、これがすなわち「外傷」だ。

外傷の場合、外からみてひびが入ったり欠けたりしている部分を補強すればいいとは限らないことに気を付けよう。内部でどういう損傷が起こっているかを考えないと、そのスマホ、結局つかいものにならない。

「お酒を飲んで転んで頭を打った人」には頭部CTを撮影することが多い。本人が大丈夫だと言っていても、中でバッテリー液がもれて……じゃなかった血液がもれていたらあとで大変なことになる。



次に、スマホは長年使っているとだんだん充電の持ちがわるくなるものだ。スマホの買い換えのきっかけって、「新機種が出た」とか「スペックが物足りなくなった」だけじゃなくて、「いいかげん古いし充電も持たねぇ」みたいな理由がけっこうでかいと思う。

電池だけではなく、人体にも経年劣化は生じてくる。腰痛とか膝の痛みがそうだし、高血圧を長年放置しておくことであらわれる動脈硬化なんてのも、一種の経年劣化現象と考えられる。

年を取ったらあちこちガタがくるのはしょうがないよね、とあきらめることもまた人の知恵だなと思ったりするわけだが、それはそれとして、スマホでもPCでも人体でも、大事に使えば長持ちするものである。経年劣化というのはパーツごとに先延ばしにできる。電池もそうだし、カバーの傷とかもそうだ。血圧が高くなりすぎないように塩分を控えて適度に運動をするというのは、人体の中にあるすばらしいパイプ=血管の経年劣化を防ぐことに役立つ。





スマホやPCにはコンピュータウイルスというやっかいな敵がいる。外部のネットワークと接続しないと使い物にならないこれらの機器は、外部からやってくる敵をはねかえすために、ウイルス対策ソフトなどを入れて防御をするわけだが、たまにそれらの裏をかいたウイルスが侵入してくる。

人体にもそういうことは起こる。ただここから、機械と人体とが明確に異なるポイントが存在するので、「コンピュータウイルスと人間に感染するウイルスって似てるよね」とは、実はあまり言えない。

そもそも、人体がウイルスに感染したときに出てくるさまざまな症状、だるさや発熱、痛み、鼻水、下痢などの症状の多くは、ウイルスそのものではなく、ウイルスを排除しようとがんばる人体側の「防御システム」によってもたらされる。

コンピュータウイルスを排除するウイルスバスター的システムが稼働しすぎてPCやスマホそのものを壊してしまうことはあまりない(というか、ウイルスバスターのせいでPCが壊れたら発売元にクレームが嵐のように入るだろう)。

つまり、「ウイルス」という同じような名前を持っているくせに、PCやスマホのかかるウイルスと人体のかかるウイルスは「あまり似ていない」のだ。この逆転現象はおもしろいなと思う。落っことして破損することや、経年劣化みたいなところは、人体も機械もさほどメカニズムがかわらないのに。




あと、「がん」。こればかりは、機械にはなかなか該当する故障が存在しない。





ウイルスと、がん。そうかそうか、これらは世間でも誤解をまねきやすい病態(あるいは病原体)だけれど、機械だとうまく例えがハマらないのだな。なぜ適切な理解が進みづらいのか、少しわかったような気がする。