2020年8月20日木曜日

病理の話(445) 細胞分化についてのマニアックなあれこれ

最近わりと初学者向けのことばかり書いてきた、これはたぶん、初期研修医が当院病理にやってきているからだろう。どうしても頭が「基礎からじっくりとモード」にならざるを得ない。

しかしここはブログだから本来ぼくが好きなようにやっていい場所だ。

だから今日はもう誰もついてこられない感じの話をする。そういうのが好きだという変態もたまにいるがぼくは変態のことは好きではないので、変態も置いていきたい。





細胞をドラクエに例えると、スライム、スライムベス、スライムつむり、バブルスライムみたいに「どれもスライムだけど微妙に形が違う」というイメージ。場所によって細胞には異なる役割が与えられており、その役割を果たすために独自の形状を示し、独自のアイテムをもち、独自の行動をとる。適材適所。スライムナイトが居る場所では、スライムナイトの剣が役に立つシチュエーションが存在するし(だから剣を持っているのだ)、ホイミスライムはさまようよろいにホイミをかけるために一緒に行動する(自分しかいないシチュエーションでホイミしか使えるわざがなければ攻撃手段がない)。

この、「アイテム」や「魔法」、すなわち「細胞がもつ装備品や特製」を病理医は見抜く。そして分類をする。




アイテムその1: 粘液。

ある種の細胞は、ねばねばの液体すなわち「粘液」を作って吐き出す。ねばねばにはいろいろと役割がある。粘性をもちいて何かを保持するとか、保護するとか、酸性度を調節するとか。グリスを塗るイメージ。細胞はかしこいね。

細胞が「粘液をつくるタイプだ」とわかったらそれで分類は一歩前進である。「腺上皮」という大分類の、「粘液上皮」であると確定できる。「スライム」という属の「バブルスライム的なかたち(なんかポコポコ生んでる)」まで決めることができる、ということです。

ただし気を付けて欲しいことがある。細胞がきちんと仕事として粘液を作り出している場合、自分の中に抱え込んでいては仕事にならない。粘液は放出するためにある! だからその細胞内部をいくら眺めていてもなかなか粘液は見えてこない。細胞と細胞がおりなす大きな構造物(細胞をレゴブロックに例えれば、お城)の部屋の中、あるいは通路の中などに、粘液が吐き出されていることを見て、「このそばにある細胞が作ったんだろうな」と推察する。

ところが、実際に、「細胞の中に粘液が閉じ込められている」というのを観察することもある。この場合、病理医は以下のように考える。

「こいつ、粘液を吐き出さなきゃいけないのにため込んでいやがる。何かが狂ってるんだ

何かというのは遺伝子でありタンパク質を意図している。細胞がおかしいことになっている証拠を、病理医は粘液の分布を見ることで一つ手に入れる。スライムナイトの剣がスライムに突き刺さっていたら(笑ったあとに)あわれむだろう、それは何かおかしいことが起こっている。

で、この「おかしいことが起こっている」というのを存分に発揮して、病理医は「がん」を見抜く。がん細胞というのは一番簡単に説明するならば「おかしいことになった細胞」なのである。



アイテムその2.細胞間橋。

細胞と細胞は徒党を組む必要がある場合が多い。手を繋ぎ、スクラムを組み、高次構造を作り上げる。組み体操的なイメージ。スライム8体が重なってキングスライム。上皮と呼ばれるタイプの細胞はほとんど間違いなく手を繋ぐ。ッカァー若いのに手なんかつなぎやがって!

これに対し、単独行動でなんとかできるタイプの細胞は基本的に血液の中を泳ぎ回っていたり、間質とよばれる(もじどおり)細胞と細胞の間をするする動き回っていたりする。代表的なのは白血球とか赤血球とか線維芽細胞といったやつらだ。

さて手を繋ぐだけで事が足りる程度の細胞は非常に多い。先に説明した腺上皮(粘液ほかをつくるタイプ)の細胞はキャッキャウフフと手を繋ぐ。たのしそう。

ところがこの「キャッキャウフフ」くらいだと仕事にならないケースもある。たとえばそれは皮膚だ。皮膚の細胞がキャッキャウフフ手繋ぎ程度でつながっていたら、ちょっとひっかいただけで皮膚はべろんとめくれてしまうし、おふろに入ったらものの数分で体に水がしみこんでくることだろう。すなわち「壁となってシャットアウト」するためには手繋ぎでは足りない。だからもうものすごい勢いでガッチリガチガチ結合する。

このガッチリガチガチは基本的には電子顕微鏡を使わないと見えないくらい小さい手を使うのだけれど、病理医が使うような光学顕微鏡でもときおりガッチリの痕跡が見えることがある。細胞と細胞のあいだに、納豆の糸よりもほそ~い糸状の構造物がチラチラ見えることがある。これを細胞間橋(さいぼうかんきょう。さいぼうあいだばしではない)と呼ぶ。

粘液があったら腺上皮だった。では細胞間橋があると? 扁平上皮という。



アイテムその3.神経内分泌顆粒。

「ああぁー厨二病くせぇ名前~」と思うか、「かっこええなあ、病理学最高」と思うかは、もう資質としか言えない。ちなみにぼくは前者であるがプロの病理医でもある。

神経内分泌顆粒というのは細胞がもつアイテムで、そうだなあ、イメージとしては「魔法の素子」みたいなものだ。マジック・エレメントである。妖精ゲットによって回復したい。個人的には温泉でMPが回復するのはわかるがHPは無理だと思う。話がずれたが遠隔に作用を及ぼすためのアイテムだと思えばそう間違っていない。

これを持っていると、その細胞は神経内分泌方向に分化しているということがわかるのだが(もはや専門用語を解説する気持ちがなくなっている)、実はこの顆粒、病理医が光学顕微鏡でただ観察しても直接みつけることはほぼできない。小さすぎるから? というか色素がうまく染め分けてくれないのだ。

そこで、免疫染色という技法を使ってこいつをハイライトする。ただ、実は、免疫染色を使わなくても、「神経内分泌顆粒がある細胞にみられがちな他の特徴」を見極めることで、間接的に「こいつ魔法撃ちそうだな」ということがわかる。

もう誰もついてこなくていいと思っているので例え話のオンパレードでいこう。魔法使いが魔法を撃つことはわかる。しかしMPを直接可視化することはできない。ではどうするか? 魔法使いはどんな服を着ているかを考えればいい。「ローブ」を着ていそうだろう。「とんがりぼうし」をかぶっているような気がする。「杖」を持っていることも多そうだ。「ロゼット」や「パリセイディング」、「ソルトアンドペッパーライククロマチン」などもよく知られている。ご存じでしょう?

今なにげなく読み飛ばした人がいたら恐縮だが、最後の3つは組織学用語である。なんだよこれ知らねえよ、とムスッとしなくても大丈夫、どうせ病理医以外は誰も知らない、普通の医者もまず知らない、それくらいのマニアックな専門用語。しかしやっていることは、杖を探して「こいつMPもってて魔法撃ちそうじゃね?」と予測しているというだけの話なのだ。

まあ、実際には、rosetteやpalisadingというのは細胞の衣服(ローブやとんがりぼうしや杖)というより細胞の配列を意味する言葉なのだけれど、そこは今日はどうでもいい(こういう注釈を入れておかないと本職の病理医が間違い探しのように指摘してくる。病理医は間違い探しが大好きだ。正解探しも好きである。ウォーリーを探せも得意である。ビョウリーを探せ、のネタで滑ったことがある病理医を何人か知っている)。





このように細胞のもっているアイテムを探すことで、その細胞が本来どういう機能を果たしているのか、あるいはその機能になんらかのエラーが起こっているのではないかと推測していくことができる。かつ、推測してやったぜって喜んでよかったよかったってご飯たべてお風呂入ってあったかい布団で眠るだけではなく、細胞分化をきちんと見極めることは治療において効果があるのだ。たとえばがん細胞が腺上皮の方向に分化している場合と、扁平上皮の方向に分化している場合と、神経内分泌方向に分化している場合では、効きやすい抗がん剤の種類が異なる(すごくざっくりとした解説)。

われらはべつにマニアックに喜んでいるだけではなくて普通に診断や治療のためにこれらをやっているのだ。温泉に入ってもHPはどうかな、みたいなことを言っているのも、別にぼくが言いたくて言っているわけじゃなくて、解説の必要性あってのことである。どうでもいいけど白魔導師と黒魔導師をそうりょとまほうつかいって名付けた堀井雄二って天才だよね。あ、でも元ネタはウィザードリィかなあ。