2020年8月14日金曜日

病理の話(443) すねさせないための説得力を身につける

まだ記憶にあたらしいところだが、先日、イソジンでうがいをするとコロナに効くんじゃないか、みたいなうわさがインターネットをとびかった。

このとき、多くの医師が、さまざまな学術論文を根拠に、「それはどうかと思う」という科学的態度を表明した。

科学的態度というのは検証をする姿勢のことである。

「いいね」や「おかしいね」をきっちり確認していくことを科学的態度と呼ぶ。

このとき、「いいね」や「おかしいね」は二択クイズではなく、ポイント制だということを覚えておいてほしい。

Aという論文が、イソジンが何かに効くらしいと言っている……ならば「いいね側に1ポイント!」

この「……」よりあとを省略してしまうと、それは科学とは呼ばない。

Aという論文が出る以前に、「イソジンではコロナの予防やできなさそうだね、よくないね」側のポイントがけっこう積み上がっている。なお、論文1つで1ポイントとは限らない。論文の質が高いと一気に20ポイントとか100ポイントとか入る。

ポイントの蓄積を無視すると、話がおかしくなる。

いいね側に1ポイントが加算されたからといって、「だから正しい!」とか「だからやる価値がある!」みたいに判断をすることを、非科学的な態度であるという。




もっとも、非科学的イコール悪ではないということにも気を付けなければいけない。

人間は自分の行動基準を科学だけでは測っていない。「そこにベットしてぇなー」という、主観を無視するのは、らんぼうだ。

科学という「検証に関する態度」で、誰かの行動を正しいとか間違っているとかまっこうから殴ってしまうと、殴られた方はたいてい、

すねてしまう。

このことはもう少しちゃんとかんがえておいたほうがいい。人間をすねさせることにはあまりメリットがない。






イソジンがコロナにある意味効くんじゃねぇの、的な言動に対して、多くの医者が直感的に反応し、「それはない」「それはない」と言い続けていた。

するとある人はこう反論した。

「でも、別の科学者はこうやって論文にしたんですよ」

「前にも○○大学の人がイソジンはいいって言ってたんですよ」

この人たちの言っていることは間違ってはいない。ただしそれは「いいねポイントが1つ加算された」だけの話である。よくないねポイントのほうがまだまだぜんぜん多いので、「科学的態度」をそこそこ理解している医者たちは、多数のよくないねポイントを抱えて、嬉々として殴りかかる。

でもそれではすねてしまうのだ。

「えっだってあっちの学者はいいって言ってたもん!」

これではこじれる。ポイント制だという説明をする間もない。




「すねる」ということがあるということを、科学をがんばる側はきちんと理解している必要がある。





今日のブログは「病理の話」だ。ここまで病理に関係のある話が出てこないようにも見えるが、ぼくは至っておおまじめに、今日の話を病理診断あるあるとして書いている。





たとえばある内視鏡医(胃カメラや大腸カメラを使う医者)が、胃の中をカメラでみて、病気らしきものをそこに見つけたとする。

カメラは今やハイビジョンだ。画質がいい。おまけに光学処理も加えることができる。ハイテク(死語)である。

内視鏡医はカメラの画面を見てすかさず、「あっこれは、がんだな!」と信じる。なにせハイテクだから見えちゃうのだ。

そして念のため、病変部から細胞を採取して、病理医に渡す。




ところが病理医が顕微鏡を見たところ、そこにはがん細胞はみられず、かわりにがんとは異なる別の病気がうつっていた。

病理医は、病理診断書にこのように書く。

「がんじゃねぇわ。○○○○○○○○だわ」

Aではなく、B。

いいねではなく、よくないね。

実は、このときの「書き方」にはコツがあると思っている。端的に結論をいうと、

「内視鏡医を病理で殴ってはいけない」




遠くからカメラでのぞき見たものと、手に取って顕微鏡でガッチリ拡大したものでは、情報の精度が異なるから、やはり病理医のいうことのほうが「真実」に近い……。そう考えてしまう医者は多い。

でも科学的態度というのはそうではないのだ。

「いいねポイント」と「よくないねポイント」を、それぞれためて、比較して、どちらがより妥当であるかを、両方の側面からきっちりと詰めていく姿勢こそが大事、とぼくは冒頭に書いた。イソジンほど単純ではないが、病理診断もいっしょである。




なぜ臨床医の目からみてこれはがんだったのか? なぜ内視鏡医はこれをがんだと思ったのか?

なぜ病理医が細胞をみるとこれはがんではないのか?

両方の意見を戦わせることを前提とした病理診断書を書かなければ、内視鏡医は……


すねてしまうのである。


これはマジである。





「陥凹を来した理由は~~。褪色調を示した理由は~~。従って本病変はがんをモノマネしていましたが、実際にはがん細胞ではなく、別の○○による変化だったと考えられます」

ここまで伝える準備がほしい。診断書に直接書かずとも、内視鏡医が「えっ、がんじゃないの!?」と思ったときに、いつでも電話や対面で相談できる関係にはしておくべきだ。

それをやることをせず、「いや細胞ががんじゃないって言ってるんだからがんじゃないんですよ。」と言い張ってしまうことは、科学的な検証態度を跳び越えた、ちょっぴり非科学的な態度なのである。

そういうことをわかってはたらいたほうがおもしろいと思う。主観だけど。