2020年8月31日月曜日

律動のために

「ご飯を食べたあと、歯を磨くことが大切である」。こう書けば何もおかしいことはない。

しかし「職場でご飯を食べたあと、職場で歯を磨くことが大切である」とすると、とたんに頭の中にボワッと、仕事用のデスクでモニタを見ながら歯磨きをしているイメージが浮かぶ。猛烈にはたらく中年としては、つい、「なんかなー」という気持ちになってしまうものだ。

しかし、そういうイメージを乗り越えてなお、ぼくは職場で歯を磨く。朝食は家で食べているので歯磨きも家でするが、昼と夜は多くの場合職場で食べる。そしてその都度歯を磨く。

最初はちょっと気恥ずかしかった。しかしこれは絶対にやったほうがいい。若い人にも勧めたい。

職場で歯を磨くことでぼくはあきらかに健康になっている。歯がきれいになるだけではない、全身の状態が微弱に上向いているのがわかる。なぜだろうな?





何度か「一病息災」という言葉を書いてきた。

病気がまったくない人よりも、どこか病気がひとつある人のほうが、病院にかかったりセルフメンテナンスをしたりするきっかけがある分オトクだ、という意味の言葉である。

病気があるからこそ自分の体に興味を持ち、結果的に全身のあらゆるものに対する目配りができる。そうすれば、自分の体の不調にいち早く気づいたり、少し調子が悪いと早めに休んだりできるようになる。

しかしぼくは最近、自分の体を気にするきっかけが「一病」である必要すらないなと思いはじめている。その役割はきっと、「一歯磨き」に担わせてもいいのである。




歯磨きこそはもっとも身近な定期メンテである。風呂や睡眠よりも多い頻度でに行うことが可能だ。

歯磨きの最中はあまりキータッチができない。スマホをフリックしたり、ウェブサイトをスクロールしたりはできるが、それも日頃と比べるとのったりのったりである。「ながら」では十全のウェブサーフィンは難しい。しかしそれがまたいい。メリハリのきっかけになるからだ。

歯磨きというのはピットインに似ている。この間、歯をきれいにするだけではなく、オーバーヒートしかかった脳をクールダウンさせる。とにかくいつまでもだらだら働き続けて結果的に効率が低下しているときなど、歯磨きを一度挟むことで目に見えて復活して能率も回復する。個人的には15時間以上働こうと思ったら5時間おきに歯を磨いた方が多くの仕事ができるように思う。兵士がマシンガンをリロードするように淡々と確実に。プロスイマーの息継ぎがかろやかに、リズミカルに、間違いなく行われるようにきちんと定期的に。

歯磨きというのはのんびりサボってやるものではない。はたらくために行うのだ。





という話を知人にしていたところ、「途中からなんか雰囲気が変わったな」と言われた。彼はおそらく、「職場で歯を磨くという牧歌的なこと」「いまやデスクで歯も磨けるというゆるい仕事環境」についてぼくが語ると思っていたのだろう。

そういう人たちはよく、「仕事中にツイッターできるなんていいですね」などという。何もわかっていない。仕事中にツイッターするレベルで脳をはたらかせていないあなたがたの方がのんびりゆったりしている。なぜそのことに気づかないのだろうかと不思議に思う。海女さんが息継ぎしないで真珠をとったら初日に死ぬだろう。浅瀬でしおひがり程度の人には息継ぎの必要は感じられない。歯磨きも、ツイッターも、生きるための技術である。どうもこのテンションがわかっていない人は、ツイッターもあまりやらないし、きっと歯だって磨いていなくて、たまに虫歯に苦しんでいたりするのだ。