2020年9月11日金曜日

病理の話(453) はたらくぼくらのこまかな覚え書き

ブログ以外で書くこともあるまい、おじさんの小言みたいになってしまうが、病理医をやる上で知っておいたほうがいいこと、そして病理医以外にはまったく役に立たないことをリストアップしてみる。とりいそぎ(?)。



1.プレパラートのガラス面をべたっと持ってはいけない。

(指紋が付く。指紋から劣化する。角を持とう。)


2.プレパラートに点を打つ(顕微鏡をみながらヨコからペンでマークする)とき、水性ペン派と油性ペン派がいる。水性ペンは水で洗い流せるし油性ペンはジエチルエーテルやアルコールで洗い流せる。だから、あとは好みだよね、などと言うが、後日きれいな標本写真を撮ろうと思ったら、いちいち有機溶媒で拭かなきゃいけない油性ペンよりも水性ペンのほうが便利である。


3.臓器の肉眼写真を撮影するとき、大事なのは血をきれいに拭き取ることである。体感で1分以上、血をそのままにしておくと血液内の色素が標本にうつって色が悪くなる。するとマクロ診断の精度が(体感で)0.5%くらい落ちる。


4.臓器の肉眼写真を撮影するとき、昔はルーラーを写真の下や右下にあたる部分にしっかりと置いたが、今はデジタル写真を自在に加工する時代なので、「どこでもいいから邪魔にならない場所」に置いたほうがあとあと使いやすい。しかし、研究会などでベテランの病理医が「好き勝手な場所にルーラーを置いた写真」を見ると、怒髪天を突く勢いでつっこんでくることがあるので、「どういう場所で出す写真なのか」をあらかじめ予測しておく。


5.依頼書に「がんですか?」と書かれていたら、病理診断報告書(レポート)には「がんです。」「がんではないです。」と答える。聞かれたことには答える。その上で、「がんだとは思いますが、○○の影響で難しいです」とか「がんですが特殊ながんです」などと味付けをしていく。中心質問に答えずに辺縁部からチマチマダラダラ説明をするのはよくない(これは好みの問題ではなくわりと普遍的に)。そういうのは読んでいて寝る。


6.ただし、どれだけ冗長で読みにくい病理レポートを書くとしても、その書き手(である病理医、つまりあなた)のキャラクターが仕事相手のドクター全般に愛されているのならば、かまわない。「あなたの顔が思い浮かぶ状態」の人に書くならどんな文章でもきちんと読んでくれる。


7.メールを早く返すことのほうが、過不足なく十分な情報を返すことよりも優先する。Preliminary report(暫定報告)をまず出す。こちらが迷っているならば、まず迷っているので待ってくれとひとこと言う。これができない病理医からは人が離れていく。


8.メールの返事に「とりいそぎ。」と書くのは実はあまり印象が良くない。関係性が構築されきった相手にしか「とりいそぎ。」のニュアンスはうまく伝わらない。邪険にされているように思う。忙しいのに何だこいつ、という雰囲気を帯びる。ただし相手と自分の関係が盤石な場合にはこの限りではない。


9.朝顕微鏡をみるのと、夕方顕微鏡をみるのとでは、細胞の色温度やシャープネスが違って見えることがある。自分の中での判定基準が十分に言語化されていないときは、同じ検体をみるならば同じ時間帯にみたほうが、バイアスのない記憶を蓄積しやすい。


10.技師さんにタメ口を利かない。研修医にタメ口を利かない。通りすがりの業者さんや掃除の人たちにタメ口を利かない。可能であればすべての人にタメ口を利かない。それは礼儀を尽くせという意味だけではなく、むしろ、タメ口をとることで育まれるいびつな関係を作らないためである。



以上、とりいそぎ。