2020年11月11日水曜日

病理の話(473) 治療が診断になる

今日の話すごく難しい。まだ、ぼくの中でも、扱いかねている部分はある。実践……いや、実戦の中で鍛えられていかないといけないのかもしれない。



患者にとって、病院という場所は「治療のために」訪れるところである。


決して、「診断のために」訪れるわけではない。病名なんてどうでもいいからとにかく治して欲しい……


……とも言い切れないよね! ってことをぼくはこれまでずっと言ってきた。

人は、自分の体調不良の原因を言い当てられる、ただそれだけでちょっと癒やされるところがある。秋に決まって体調が悪くなるタイプの人が、あるとき「それは花粉ですよ。花粉症って春だけじゃないんだ」と言われて、なんだそうだったのか、と思って気分が少し晴れやかになったりする。つまり診断もけっこう大事なのだ。


けれど。


ま、診断すること自体はすばらしいことなんだけど、やっぱり治療でしょうよ、って話ですよ。そこはスッと話を通していいでしょう。治るに越したことはないんだ。




でね、ぼくは診断をする仕事(病理医)なので、やはりこの、診断に肩入れしている部分があったのだけれど、最近よく、「治療のほうが大事」ってことと、「治療自体も診断に影響する」ってことを両方考えている。


たとえば、胃のピロリ菌を除菌する(治療する)と、さまざまな病気がよくなる場合がある。胃炎や胃潰瘍もそうだが、MALTリンパ腫というややレアな病気は、リンパ腫(つまりがん)なのに、除菌で治ってしまうことがあるのだ。


で、この、MALTリンパ腫の病理診断ってけっこう難しいのである。細胞を見ただけでは決めきれないこともあり、細胞の表面に出ている特殊なタンパク質をフローサイトメトリーという検査で確認するとか、細胞の中にある染色体と呼ばれる構造を直接調べるとか、かなり込み入った検査を追加してようやく診断に到ることが多い。


MALTリンパ腫の「正確な診断」はそうとう難しい。しかし、このMALTリンパ腫の診断を簡単にするほうほうがあるのだ。それは何かというと……。


「ピロリ菌の除菌(治療)をして、どう変化するか見る」


診断が確定する前に、というか診断が8割方決まった段階で治療をしてしまうのだ。「これはおそらくMALTリンパ腫だな」くらいの時点で、つまり、「絶対にMALTリンパ腫ですよ」まではいかない時点で、一部の治療をはじめてしまう。


そして、「治療にどれくらい反応するか」を元に、あとから診断を付ける。そういうやり方がある。


いつもではないよ。それほど単純ではないから。でも、たまに、そういうことをする場合がある。




実はほかにもこういう「治療をしてみて、診断の参考にする」ということを、医者はよくやっている。名著『私は咳をこう診てきた」の中にもそういうケースが山ほど載っている。


えっ、診断が確定しないのに治療なんかしていいの? と思ってしまいがちな医者に対して、最近のぼくは、このようにコメントする。



「診断することが大事なの? 医者がこれだと決めた治療をすることが大事なの? まあそれらも大事なんだけど、結局、長い目で見て患者にとっていいことをしたかどうかが大事なんだよね」




これ、まだまだ、難しい。もっと考えていかなければいけない。そうしないと誠実になれない。