2020年11月26日木曜日

病理の話(478) 人体はウイルスとうまく戦う

こないだ読んだ本(『本当に使える症候学の話をしよう』じほう/髙橋良)に書いてあっておもしろかったことを紹介。



インフルエンザにかかったときなどに、「関節が痛くなる」ことがありますね。くだんの本には、「それって悪いことですか?」と書いてある。まあそこで一回驚く。


いや悪いに決まってるやんけ。


しかし、そこから著者は、「ではウイルス感染でなぜ関節が痛くなるのかを考えてみましょう」と話を展開する。


まず、ウイルスに感染したとき、人体はさまざまな方法でウイルスと戦おうとするのだが、このときに、「緊急警報発令」をして、全身の細胞にさまざまな対策を取らせる。警報の種類がいっぱいあるのだが、たとえばその一つはサイトカインと呼ばれている。


サイトカインと横文字を使うといきなり難しくなる気がしてならないが別に難しくない。


ウイルスがいるぜ、注意せよ、となったときに一部の細胞が、サイトカインという物質を血中に放出する。これは血液に乗って全身の細胞にはたらきかける。サイトカインとサイレンという言葉が、雰囲気としては少し似ているだろう。だからサイレンだと思えば良い。


ウィーンウィーン。サイレンが鳴る。


たとえば鼻にある細胞たちがサイレンを聞く(実際には血液に乗って流れてくるものを受け取る)。


すると、鼻の血管の中から、液体成分を周囲にじゃんじゃん漏れ出てくる。いや、そんなことしちゃだめだろ、と思いがちだが、この液状成分はウイルスにやられている細胞をぶっ倒すための「はたらく細胞」たちを運んだり、あるいは洪水の役割を果たして悪いやつらを押し流したりする。ウイルスと戦うためには血管の壁をスカスカにして液状成分を回りに漏らすことが役に立つのだ。


で、そんな洪水とかが起こるとどうなるかというと、鼻水が止まらなくなるのである。サイレンがなると鼻水が出る。


同様のことはあちこちで起こるのだけれど、たとえば、サイレンが鳴ったときに、鼻水ならぬ「肺水」が出てしまうとどうなる? 呼吸するためにスポンジのようにスカスカと空気を含んでいる肺に水が出てきたら、人間は溺れてしまうだろう。だから、このサイレンは、「肺には効かない」。人体というのはうまくやっているのだ。サイトカインが全身をめぐっても、肺はそれになかなか応答しない(というか、してしまった場合には重症肺炎となる)。


また、たとえば、サイレンが鳴ったときに、鼻水ならぬ「脳水」が出てしまうとどうなる? 脳というのは頭蓋骨に押し込められているから、ここに水が増えてくると一気に内圧が上がって、ひどいときは命に関わる。だからサイレンは基本的に「脳にも効かない」。人体というのはうまくやっているのだ。サイトカインが全身をめぐっても、脳はそれになかなか応答しない(というか、してしまった場合には脳炎とか髄膜炎になることもある)。


というわけで、人体は、外敵であるウイルスがやってきたときにサイレンならぬサイトカインを発して全身に反応してもらうのだけれど、このとき、サイレンが全部の臓器で同じように働くわけではない。ちゃんと呼応させる部分を選んでいる。


で、関節に関しては、「サイレンが効く」のだ。関節の中に水がじゃぶじゃぶ出て、鼻水ならぬ「関節水」状態になる。すると内圧が上がって、動くと痛くなる。これが、「インフルエンザにかかったときに関節が痛い」の正体だ。


ここで疑問をもとう。


なぜ肺や脳はきちんと守るのに、関節は守らないのか?


それは、「関節が痛むこと」によって、人体が損をするわけではなく、実は得をするからなのだ。どんな得をすると思う?




関節が痛い → 動くのがしんどい → 黙って寝ているしかない → 安静になる!




これだ! つまり一部のウイルスに感染したときには、人体は、「関節をあえて痛くする」ことで、人間がそれ以上無理して活動しないように休ませる、というのである。医者が口をすっぱくして「安静にして休んでください」と言っても、早めのパブロンだとか絶対に休めないあなたへエスタックだとか無茶なCMを見ながら人間は動いてしまうわけだが、ここでサイトカインが口をすっぱくして(?)、関節にサイレンを鳴らして痛みを出せば、さしもの有吉もそれ以上動けなくなるというわけである。





インフルエンザにかかったときなどに、「関節が痛くなる」ことがありますね。くだんの本には、「それって悪いことですか?」と書いてある。まあそこで一回驚く。

いや悪いに決まってるやんけ。

そして中身を読む。なるほど! よくできてるなあ!

そしてあらためて質問されてみよう。「関節が痛くなる、それって悪いことですか?」




……やっぱり悪いことだとは思うが……まあ……言いたいことはわかったよ!