2021年4月16日金曜日

病理の話(526) 病理医になるには

なろうと思ってなる仕事って世の中にどれくらいあるのかな? ちょっとわかんない。だから今日のタイトルがどこまで「本質的」なのかもわからない。

でも、定期的に書きたくなる。「病理医になるにはどうしたらいいですか?」「どこで研修すればいい病理医になれますか?」に対する、お答えを。



さあ、今日の答えを書く。



「病理医がたくさんいる施設を見学し、できればその施設でキャリアの一時期を過ごしましょう。」



これがすべての基本だと思う。






内科、外科、「フツーの医者」になるためには、さまざまな場所を渡り歩きながら複数の研修をするのが当たり前になった。ひとつの施設で同じボスにずっと師事して、それで一人前の医者になれる、というのはほぼ無理である。

「大学医局」という比較的ゴリゴリの狭い世界に「入局」して門下生になっても、そこには「医局人事」という名前の外勤が待っている。大学やでかい病院だけで一生を過ごすことはない。

では医局というマフィアの中におさまらずに、自分で研修先を自由に選びながら一人前を目指せば、ひとつの場所に永年勤務しながら一人前になれるかというと……。

各種の専門医を取得する課程で、どうしても多彩な臨床経験が必要になる。「あの病気を診た経験」や、「その病気を診た経験」のように、「病気の種類をとにかくいっぱい経験する」だけでよいならば、大学病院や大規模医療センターのような病床数の多いところに勤務すれば事が足りるだろう……と思いがちだが、それだと、「地方の小さな病院に勤務した経験」は得られないし、よりわかりやすく言えば、「大学病院に行くほどではないなと思ってかかりつけの病院で済ませようとする、でもじつはけっこうでかめの病気が隠れている患者」を最初から診る機会が無い。

現代において、医者が育つには「転勤」することが前提だ。渡り歩かない医者はかなり少なくなったと思う。



しかし、このことは、現時点で病理医にはあまり当てはまっていないかもしれない。

なぜか病理医を目指す人は、「どこかひとつの施設でうまく育てばいいな」と思っている傾向がある(個人の感想です)。

さらに、病理医を育てるほうも、「俺がいちから教えればきちんと病理医になれるよ」と言い張っているケースがある。けっこう不思議だ。どういう自己顕示欲なんだ。

実際、「うちの施設ではこのように研修をして、病理専門医をとってもらいます」というプログラムが、「単一施設で組まれている」ケースは後を絶たない。臨床医は多くの病院を経験してようやく医者になるのに、病理医だけが「たったひとつの冴えたやり方」で病理医になれると思うほうが不自然だ。




「数少ない上司」に育てられる病理医はすごく偏っていく。なぜなら、いまどきの病理医は、病理診断のなかでも細かく細分化された専門分野に熱中しており、「病理診断という狭い世界の中でもさらにすみっコぐらししている」ことがほとんどだからだ。それが悪いことだとは言っていない。仕事が高度化すれば分業するしかないし、自分の専門性を高めていくことはおもしろい精神作業でもある。ただし、教わるほうにとっては、大変だ。

どのボスを選んでも偏っているのならば、複数の、なるべく多くのボスの話を聞いて、「どこに行っても通用するように」幅広い研修をしないと、病理医になるための第一歩である「病理専門医試験」にも受かりづらい。



「病理医が1人、2人しかいない施設に勤務して定年まで勤める」というのはキャリアパスとしては下策である。取り得る選択肢としては、

・病理医が10人以上いる施設に入り込む

か、

・「病理医がいる病院」を複数たばねている施設に入っていろいろなところに送り込んでもらう

の2種類が浮上する。まあこのどっちかしかないと思うんですよ。





「どっちかしかない」って書いたけど、ネットワークが発達して病理医のいる施設同士の連携がしやすくなっていく今後は、もう少し違うキャリアも出てくるのかなーとは思う。けど、今のところ、「俺が教える最強の病理学」を1個だけ持っていてもろくな病理医にはなれない。本と似ている。複数持っていたほうが楽しいのである。