2022年8月25日木曜日

病理の話(691) 5W1Hって偏ってるよね

5W1Hというまとめかたがある。世の中の疑問がだいたいこれらで分類できるというわけだ。ほんとうかな? まあ、大枠としてはいいんじゃないかな。

What:何が?
Where:どこ?
When:いつ?
Why:なぜ?
Which:どっち?
How:どのように?

うん、whichだけちょっと意味が違う気もする、というかwhatと同じレイヤーに入れるのはおかしいのでは? と思うんだけどまあいいや。(追記:普通はwhichじゃなくてwhoでしたね。まあいいや)

何かを詳しく説明しようと思うとき、5W1Hを意識するとわかりやすいかもしれない。


さて、病理の話である。患者からとってきた細胞をみるとき、5W1Hを意識しながら解析することができる。

<What:何の細胞があるか?>
→これが基本だよね。そこにあるのががん細胞なのか、炎症細胞なのか、マクロファージなのか、whatを重ねていくというのが「顕微鏡を見ること」のベースにあると思う。

<Where:どこに異常があるのか?>
→これもすごく大事だ。がん細胞が粘膜と呼ばれる部分にあるのか、それとも粘膜下層と呼ばれるスペースにあるのかで、その後患者がどのようになるかが変わってくる。「敵にどこまで攻め込まれているか」によって対処は変わるのである。専門用語では深達度とか進展度などと言う。なお、病気の部位にプレパラートを押し当てて、細胞をぺとぺと剥がしてくるタイプの検査だと、「where」がわかりづらくなることに注意。「what」だけはわかるが「where」がわからなくなることがあるわけだ。

<Which:どっち?>
→これはなんとなくwhatに含んでいい気がするけど、実際のベッドサイドだと、主治医から「小細胞癌ですか? 小細胞癌以外ですか?」みたいに二択の判断を求められることがけっこうある。病気が「どっち」かによって、治療が変わるからそういう聞き方になるのだろう。

<When:いつからその異常があるのか?>
→これは応用問題である。「what」や「where」は顕微鏡を見始めたばかりの研修医でもわかるが、「when」は難しい。なぜなら、プレパラートに載っている細胞たちは、言ってみればある一瞬を切り取った写真のようなもので、決して動画のように動いてくれるわけではないし、そもそも血が通っていなくてホルマリンて固定されてしまっているし、いつからそこにあるのかなんて自分からは語ってくれない。「この炎症はだいたい何日前から存在するのだろうか」は、推理問題になるのである。「what」や「where」はたんねんに見ればわかるけれど、「when」はいきなりシャーロックホームズなのだ。ある種の炎症細胞は炎症の何日目から出てくるものだ、とか、線維化があるということはある程度持続して変化が起こっているということだ、とか、抗がん剤が体に入ったタイミングから○日経っているからその分がん細胞がへたっているのだろう、とか、さまざまな情報を重ねて推理をしなければいけない。

<Why:なぜ?>
→いやーそれは哲学でしょ、と答えたくなるんだけどwhyは大事である。究極のところ、患者も主治医も、なんでこんな病気になってんだ、ということを気にするし、「元を絶つことで病気を治す」という考え方もあるからだ。で、顕微鏡で見たその1例だけで「why」を解き明かすというのは現実的ではなくて、過去に似たような症例を経験した世界中の知識人たちの解析結果をまとめて、統計処理とかをして、介入試験(○を入れたら□になった、○を入れなかったら□にならなかった、みたいな検討)を山ほどやって、ジワァ……とわかってくるというのが正直なところで、病理医はそういうジワリとわかってきた科学みたいなものに詳しければ詳しいほどいい。

<How:どのように?>
→Whyがメカニズムの最初の部分を解き明かすものだとすると、Howはメカニズムの途中のつながりを解き明かすものだ。HowのほうがWhyよりももう少し実践的にも見えるが、こちらもじつはすごく難しい。「がんがリンパ管に侵入してリンパ節に転移した」なんて当たり前のようにストーリーをつけてぼくらはしゃべるけれど、それ、本当に体の中で起こっているのか、じつはそう見えているだけではないのか、というのを解き明かすのは非常にむずかしい。統計学的なごり押しである程度解決しがちな「why」よりも、筋道がつながるまで細かい証拠を集め続ける必要がある「how」のほうが問題の奥が深い気もする。



5W1Hを意識して病理診断報告書を書ける人は強い。

「辺縁に環状の隆起を伴い、内部が面状に陥凹した病変で、陥凹部では粘膜筋板の破壊があり、癌が粘膜下層まで浸潤しています。辺縁の隆起部分では癌が粘膜の下から粘膜を押し上げるような進展をしています。癌細胞の周囲にはdesmoplastic reactionに伴う線維化が認められ、病変に厚さと硬さ、中心方向への引き連れがもたらされており……」

これらの「病理所見」のうち、どれが見たものをそのまま書いたもので、どれが「頭の中で推理したストーリー」なのかを自覚的にわけている病理医の言う事は信用できる。……それってすっげえ難しいことなんだけどな。