2023年3月17日金曜日

病理の話(757) そこなんで硬いの

胃カメラや大腸カメラを使いこなす医者が、胃腸の粘膜に5ミリとか1センチといった小さな病気を見つけたときに、カメラの先端から特殊なナイフ(というか「はんだごて」みたいな形状をした一種の電気メス)を用いて、その部分だけをこそぎとってくることがある。


イメージとしてはショートケーキの上に乗っているいちご+クリームの部分だけをスプーンですくいとる感じだ。下のスポンジにキズをつけないのがコツである(胃腸に穴を空けずに、表面の部分だけとってくる)。ただし、生クリームほど簡単にこそげるわけではなく、陶芸か彫刻かというくらいの細かな作業が要求されるので、実際にその作業をみると「ケーキのいちご取り」とは違った印象を受けるけれども。ここは例え話の感覚を優先して説明を続けよう。


で、この、いちご with クリームをとってくるときに、医者はいろいろなことを考えている。スプーン的デバイスを差し込んだとき、「あっ、いつもより感触が硬いなあ」みたいなことを感じ取るというのだ。スッとスプーンが入ればサッと取れる、しかし、ゴッと何かに当たる場合は要注意。


「いちごがクリームの下のほうにめりこんでいるのでは……?」


「いちごだけじゃなくキウイも含まれていたりして……」


「クリームの成分がいつもと違うなんてこともあるか……?」


ケーキの話ならまあいいのだ、食べてしまえばみなおいしい。しかし、病気のついた粘膜をこそげとってくるときには、これらは結構な問題となる。削って取ってきたつもりが、体の中に取り残していたら困るなあ、とか、いつものようにすくいとろうとしてもなかなか剥がすことができずに、下のスポンジ部分(胃腸の壁)を傷つけてしまうと大変だなあ、ということだ。


で、「もし硬かったら大変だなあ」で終わらないのが、医学である。スプーンを差し込んでから「あっ硬いね」「やわらかいね」と判断するのではなく、ケーキの見た目、あるいはケーキのお皿を手で持ってぷるんぷるんゆらすことで見られる「いちごの振動っぷり」などから、スプーンを差し込む前に、あらかじめ「これ硬いんじゃねぇかな?」と予想しておくことが大切だ。


もしいちごがめり込んでいるんじゃないかと予想したら、コンビニで手渡されたプラスチックのスプーンではなく、ちょっと切れ味の良さそうな金属のスプーン、あるいはナイフなどに持ち替えるのがよいだろう。あるいはその硬さの種類によっては、上だけこそげるのをあきらめて、ケーキ全部を一口で(?)食べてしまうという判断もある。





で、えー、その、いちごの下が硬いのはなんで? と聞かれるのが病理医の立場で、その場合はいちごの深部やクリームの部分を顕微鏡で拡大して、「あーこの成分があったからですね」などと返事を返していくのである。香り付けにクリームに混ぜたこの顆粒がつぶつぶしてスプーンの触感に影響したんじゃないっすかねえ、なるほど、みたいなかんじ。