2018年7月5日木曜日

病理の話(218) 病理写真のコツ

超~絶マニアックな話をするので覚悟して欲しい。

……といっても「病理の話」を読みに来ている時点で、明らかにマニアックな内容を所望している読み手とお見受けするので、まあそんな前置きは不要なのかもしれないが。



臨床医療者たちは、日常診療の中でときおり、

 ・珍しい症例

 ・勉強になった症例

 ・難しくて診療に苦労した症例

とすれ違う。そのとき、本人がただ珍しいと驚いたり、勉強になったと喜んだり、難しいと頭をひねったりして終わってはもったいない。

その貴重な体験を、世界中の医療者達に伝えてあげれば、次に同じ症例に出会ったほかの医療者たちが喜ぶだろう。参考にするだろう。同じ間違いをおかさなくて済むだろう。ただちに適切な診療にたどりつけるだろう。


だから学会に持っていく。研究会で自分の経験した症例を提示して、列席者たちにも頭をひねってもらう。論文に書いて、世界中の人に読んでもらおうとする。




このとき、「病理の写真」が必要になることがあるのだ。




いまどきの顕微鏡には、専用のデジタルカメラが外付けできるようになっており、細胞を拡大して写真をとることができる。

で、この「細胞像」というものは、厳密な学会発表とか論文執筆においては欠かすことができない、大事な情報だ。

だから、ぼくら病理医はときおりほかの医療者たちから、「写真を撮ってください」と頼まれる。

どれくらいの頻度で頼まれるかって?

そうだなあ……。

浅草の雷門の前をうろついて、海外からの旅行者にシャッターを頼まれるくらいの頻度……。

いや、もっとだ。

売上げのよくないメイドカフェの従業員がしきりにすすめてくる有料チェキ、くらいの頻度。

それだと多すぎるかな。

まあ、そこそこよく頼まれる。



で、この話は前にもちょっとだけ書いたと思うんだけど、今日の「超絶マニアックな話」はここからだ。


病理の写真をとるコツをお教えしようと思う。


誰の役に立つんだ。ゲラゲラ。



【臨床の医療者たちによろこばれることが多いと言っても過言ではないと申し上げるにやぶさかではない、病理写真の撮り方】


写真をとる病気が「限局性」か、「びまん性」かを判断する。限局性の場合はAに。びまん性の場合はBに進む。

<A. 限局性病変>

 A1. 写真はもっとも拡大倍率の甘い・全体像がうつる・ロング・すなわち「ルーペ像」からとる。
 9割9分の臨床医療者たちは、最強拡大の組織像にあまり興味がない。人として想像がおよぶレベル、すなわち「そんなの顕微鏡でみなくても虫眼鏡で見れば十分わかるじゃん」くらいの弱い拡大倍率の写真が、いちばん受け入れられやすい。

 A2. 次に拡大を少しあげる。このとき、「病変の境界部」を必ず撮影する。病変じゃないところと、病変部との、キワ。ここからが病気だよという端境の部分。だって、臨床家たちが診断をする際には、けっきょくその病変が「周囲とどう違うか」を判断して診断しているわけだから、組織写真もやはり「境界部」からスタートするのがいい。

 A3. そして拡大を徐々にあげながら、病変の中心部を撮影する。このとき、ひとことで「中心部」といっても、病変にムラがあるならば、そのムラ、もしくは模様の違いごとに、写真を撮っておくとよい。組織の見た目が違うということは、臨床のひとたちが画像でみたイメージも違うということだ。きっと、対比(照らしあわせ)ができる。

 A4. さらには臓器ごとに、「お作法」ともいうべき撮り方を覚えて置く。
  A4-1. 消化管ならば必ず粘膜筋板の走行に着目した写真を獲ること。
  A4-2. 肝臓ならばグリソン鞘の配置や個数を必ず考慮した写真を撮ること。
  A4-3. 膵臓ならば主膵管や総胆管の位置がわかる写真を撮ること。

 A5. 撮った写真をそのままJPGデータで医療者に渡すのはもったいない。できればパワポに写真を組んで、解説をつける。「そんな、めんどくさい!」と思うかもしれないが、結果的にそのほうがあとで解説する手間がはぶけてラクである。何より喜ばれる。

<B. びまん性病変>

 B1. 限局性病変と同様に、弱拡大から強拡大へと拡大を変えた写真を撮ることは重要。

 B2. しかし、それ以上に、出現している細胞の性状をきちんと解説しておいたほうがいい。これは理屈があるというよりは経験則なのだが、びまん性病変のときに病理が力を発揮するのは「最も強拡大の細胞像」であり、逆に限局性病変のときには最強拡大像よりも「弱拡大像」のほうが情報が多いように感じている。

 B3. 強拡大写真のときにはキャプションの入れ方によってユーザビリティがだいぶかわる。弱拡大だとなんとなく素人でも構造がよめるのだが、細胞の細かい構造については普通の医療者はまったく意味がわからない。だから強拡大になればなるほど、どこかに解説を添えておくやさしさがほしい。
 (写真に直接書き込むと論文化のときに邪魔なので、パワポのノート欄などに書いておく)

 B4. 拡大をあげた写真をとるときには、ルーラー(定規、大きさを示す目盛り)を忘れないように。あとで設定するのはめんどくさい。



……こんなとこかな。ウフフ、ぜったい今日の記事、世の中の数人くらいにしか意味がないよ! たのしいー! たまにはいいよな!