2018年7月4日水曜日

バズれ正直者

毎日毎日ぼくらは鉄板のネタをぶちこみふぁぼを獲っちゃうよ。

こういう姿勢でやっていると、仲の良い人の数がちょっとずつ増えて、何気ないひとことがより多くの人に届くようになる。

だから、ま、「バズ」みたいなクソ笑えるフレーズのことも、なんとなく気になりはじめる。



でもここでバズ目的になってっちゃあ話にならんのだ。

手段と目的が逆なのだ。

多くの人に何かを届けたいからバズを狙うという考え方は悪くないんだけれど、バズを狙い始めた時点でそれはもう別の商売だ。

そういう気持ちがあった。




たとえば飲み会を想定してほしいのだが、合計3時間くらいしっぽりとこの「バズ狙いはクソ」的な話をしていると、40分とか50分くらいの時点で、以下のようなツッコミをいただくことがある。



「それってつまりあれでしょ。

クリエイターは、自分のものをきちんと作り上げることに注力して、バズとか考えずに、作品に正直にあり続ければよい。

そういうのを拡散させるのはマーケティングのプロとかSNSビジネスの猛者の仕事だ……

……みたいなさ。

結局、ネットで拡散担当する人に金払え、みたいな話につながってくんじゃないの?

それって広告代理店メソッドじゃないの?」




なるほどな、って思った。

とっくの昔から、「拡散なんて偉くないよ」みたいな考え方は世に存在してたんだった。

だからこそ、「拡散はおまかせください、あなたはきっちりと作品のレベルをあげていればいいんです」という分業ができあがったんだよな。




ぼくがこのような会話をしたのはもう3年くらい前のことなんだけど、当時、なんだかちょっとイヤな感じになって、自分が感じたこのイヤさが何から来たのかなあってことを、ずーっと考え続けていた。

勘違いしてほしくないんだけど、ぼくは別にこの記事で、広告代理店のやり方が嫌いだといいたいわけではない。

プロの仕事として「拡散」を行う人のことは尊敬している。

それでも、なんかこれ、やだな、と思ったのだ。




今は、どういう立場でいるかというと、

「拡散させようと思えば拡散させられるだけの知識と力を身につけた上で、拡散よりも、情報の『浸透』に力を入れたらいいんじゃないかな」

ということを思っている。




現時点のぼくがツイッターで9万くらいフォロワーがいる状態で「拡散を狙うな」といってもウソを感じ取る人がでてくるだろう。

というかそこにはたぶんウソがある。威嚇があり、虚勢がある。

だったらもう少し丹念に、正直をやるべきなのではないか。

「自分の記事を拡散させるだけの力を手に入れつつあるけど、その力を、別のことに使うね。」

こう、はっきりと発信したほうが、よいのではないか。




そういえばぼくは今、ちょっとしたウェブサイトを作っている。ぼくが作ったとは公表しない予定なんだけれど、今書いたような理念で進もうと思う。いずれみなさんにお目に掛ける。