2022年9月21日水曜日

病理の話(698) ターンオーバーをみる

細胞には寿命がある。しかも、細胞ごとに生きていられる時間が異なる。

ある細胞が、どれくらい長生きできるかを知る方法……というか、目安みたいなものがある。それは、「刺激が多い場所で働いている細胞は早く入れ替わる(死ぬ)」というものだ。



たとえば、皮膚の表面を覆っている細胞は、それなりのスピードで入れ替わっている。これは、皮膚が常に外界からの刺激にさらされているからだ。表面には常在菌がくっついているが、たまに「体の中に入り込むとヤバイ菌」がとりつく。小さな切り傷・すり傷のようなものが常にできている。そこで、細胞の回転を速くすることで、表面についた傷や異物、わるものを、細胞の死骸ごとポロポロ落っことしてしまえばいいのである。それが「あか」だ。


逆に、あまり外界からの刺激がやってこない部分にある細胞は、寿命が長くて、そんなに頻繁にはターンオーバーしない。毛細血管の壁を作っている細胞とか、筋肉とか脂肪などは、そこそこ寿命が長いのである。なお、しょっちゅう「パワー!」とかやってる芸人の筋肉はある意味「刺激を受けている」ので、この限りではないかもしれない。




さて、ここから一段難しい話、というか応用編に入ろう。

皮膚に「炎症」があるときのことを考えるのだ。

なんらかの理由で、皮膚に「炎症」が起こっていると、細胞はなんと、みずからの寿命をコントロールする。ターンオーバーの速度を変えるのである。

「炎症」というのは基本的に、体内に侵入した病原体などを打ち倒すためのメカニズムであるが、これは重火器をもって凶悪犯を駆逐するようなもので、一般の家屋にもふつうに被害が出る。

つまり「炎症」があると、まだ寿命を迎えていない細胞も死んでしまうのだ。皮膚は表面で角質になってはがれおちるはずだが、それが角質になる前に死んでしまう。そのまま放っておくと皮膚が穴だらけになってしまうだろう。

そこで、「炎症」があるとき、しかもその「炎症」が皮膚の細胞に刺激を与えているときには、皮膚のターンオーバーするスピードが上がる。「壊れそう!? わかったァ! 急いで作り直すぜェ!」という感じである。

その結果、皮膚はどうなるかというと、しばしば、「もとの皮膚より分厚くなってしまう」ことがある。ターンオーバーするスピードを必要以上にあげてしまったために、まわりとバランスがとれなくなるわけだ。

あるいは、「まわりの皮膚とくらべて、角質の部分が厚くなる」こともある。カカトの裏側と同じような硬さが、皮膚炎が起こった場所に見られることがあるが、あれは「ターンオーバーの速度をいじった結果」起こっていると考えるといい。




このことを病理診断(顕微鏡診断)に応用することができる。細胞をみて、「あっ、ターンオーバーの異常があるな」と思ったら、そこにはおそらく「炎症」のようなメカニズムがあるということだ。炎症そのものを見つけなくても、細胞の新陳代謝がおかしいなというようすを見かけたら、「よく探せば炎症も見つかるのではないか」という気持ちになって、冷静に顕微鏡をみるべきなのである。



そうそう、ターンオーバー異常の原因は「炎症」だけではない。本来の細胞にはみられないほどの猛烈なスピードで、異常に細胞が増え続ける病気というのがある。「がん」である。したがって、がんと炎症というのは、まるで違う病態のように思えるのに、顕微鏡でみるとしばしば「似ている」場合がある。ここに病理診断の難しさの2~3割くらいが潜んでいると思ってよいだろう。似ているものを見分けるのは我々の責務であり、困難でもあるのだ。