2022年9月5日月曜日

ぼくらにも関係のあるCM構造

全国系の研究会(医療関係者が集まっていろいろ意見を戦わせたり人の話を聞いたりする場所)に呼ばれて講演をすることがあるのだが、その研究会の事務作業もろもろについては、これまで、製薬企業が仲介していることが多かった。

「薬屋さんのおてつだい」によって医療者たちは勉強場所を手に入れていたということだ。

ホテルの大きなホールを借りるとか。案内パンフレットをあちこちの病院にくばるとか。場の用意、告知、当日のさまざまな差配などが、製薬会社の社員たちによってなされていた。

さらに言えば、講師を呼ぶ場合の交通費、宿泊費、講演料なども製薬会社がもつ。

費用がすべて企業の財布から出て、医療者たちは一切金を払わずに、勉強をすることができる。

いいことだらけのようだが、もちろん、企業にも「狙い」がある。研究会においては、金を出した企業がCMを打つのだ。

講師がしゃべるまえに10分ほど「製品紹介」が入ったり、配付されるボールペンに薬の名前が入っていたりする。露骨なものになると、研究会の中で「企業の製品を使った結果おこったよいこと」を発表する医者が混じっていたりする。

いかにもCM的でロコツだなあと思いながらも、「よくなった患者がいてよかったね」という気持ちでなんとかバランスをとる、みたいなことにもなりうる。



構造としては、我々が長年テレビをタダで見てきたことに近い。テレビ番組の制作や配信にかかる費用は、そのほとんどが広告料金によって成り立っていて、スポンサーが怒るような番組をつくることは御法度だ、みたいな話は誰もが耳にしたことがあるだろう。

これとまったく同じシステムが医療の世界にも存在した。



ぼくは病理医であり薬を出さないので、日頃、製薬会社の方々がデスクを訪れることはまずないのだけれど、講演をたのまれると営業の人たちがいきなりやってくる。だいたい以下のような流れだ。

まず、どこぞのエライ医者から電話がかかってきて、「来年の○月に、どこそこで講演してくれませんか?」と頼まれる。その人は研究会の「代表世話人」というやつで、会の趣旨について、医者が何人くらいいて、研究会で扱う臓器は何で、病気は何で、ぼくにしゃべってほしい内容はこれこれこうだ、と教えてくれる。エライ人から頼まれるとうれしいので、「尽力します!」などと答える。するとそのエライ人は、「ありがとうございます、やあ、よかった。つきましては○○製薬の人がこのあとの事務作業をしてくれるので、よろしくお願いします。」と言う。ぼくはそこで、はあ、○○製薬ですか、なるほどわかりました、と答える。すると数日して○○製薬の人がデスクにやってきて、「このたびは弊社の共催する研究会でご講演くださるということで誠にありがとうございました、つきましては交通・宿泊のご相談をさせていただき、かつ、当日お話しいただくプレゼンの内容チェックなどもさせていただいて……」と言われる。あっ、主催はあのエライ人たちじゃないんですか? と聞くと、いえ、主催は研究会ですが、われわれ共催でしてモゴモゴ、などと言う。


ん? とここで疑問に思うべきなのである。いろいろあるけれど、たとえばここだ。


「当日話すプレゼンの内容チェック」。


なんで製薬会社のひとがぼくの専門講演の内容に口出しをする? 共催だから??


このチェック、実際に受けてみると、だいたいがコンプライアンスがらみである。プレゼンの中に用いられたデータに「自施設から提供しました」の断り書きを入れてくれ、とか、画像を撮影した日にちをマスクするのを忘れている写真がここに1枚あったから直してくれ、とか、この文章については根拠となる論文を書いてくれ、とか言われる。ま、わりと、おっしゃるとおりの指摘なのだ。少し拍子抜けする。

「製薬会社の得になるような一文を入れてくれ」みたいなことを言われるのかと思ったがそんなことは今までなかった。

むしろ逆で、かかわった企業や、そのライバル企業の薬について書いてある部分はめちゃくちゃ厳重にチェックされ、「科学的根拠のないCMっぽいことを言うと、あとでめちゃくちゃ問題になるんで、絶対にやめてくださいね!」とくる。

スポンサーが自分たちの都合のいいように口を出すというより……そうだな、下品でやりすぎなテレビ番組が放映されると、スポンサーのほうにまで怒りの矛先が向くことになるだろう。「なぜこんな番組に金を出したんだ、不買運動します」みたいに。あれを防ぐためのチェックを受けているかんじである。


スポンサー側から「先生のためにもなりますので」の圧を受けながら、プレゼンの細かい修正を行って、当日しゃべって、たくさんの医療者と交流をし、次はあの学会でこういう発表をしようなどと打ち合わせをやって、研究会から(でも本当はスポンサードしている製薬企業から)報酬をもらって、講演は終わる。





さて、最近のぼくは、そういうのがとても面倒に感じるようになった。企業が交通・宿泊を出すと言ってもZoomでしゃべればいいので、たいていの研究会では現地に行くのを断るから、別に企業の人から連絡をとってもらう必要はない。Zoom URLを発行するのが企業だったりすると連絡せざるを得ないけれど、近年は、ぼくを含めた多くの医者が、「手弁当」で、自分たちで研究会をつくって、Zoomを自腹でプロ契約にして、多くの医療者相手に配信することになれてきた。

ほんとうは、間に製薬会社が入ったほうが見栄えがよく、すみずみまで気持ちをくばってもらえるのだけれど、自分たちの勉強のために自分たちで汗をかくことはそもそも当然である。ふんぞりかえって事務作業を完全に他人任せにしてきた今までのほうがちょっとおかしいかなと感じるのだ。

コンプライアンスでガチガチにかためられたプレゼンチェックを受けなくていいというのは功罪両方あって、「このあとスタッフがおいしくいただきました」的な表示をジャンジャンプレゼンに入れさせられるのは噴飯物だが、「ここ、患者さんの個人情報を消しわすれていますよ」というのを指摘してもらえるのはありがたい。似たようなことがあちこちにある。企業が間に入ったからいい、悪いとはっきり二択で語れるようなものではない。これまでの企業の取り組みには感謝しているし、すごいことをやってくださっていたのだなという気持ちももちろんある。やっぱり、「企業が幅広い医療者に声をかけてくれるおかげで研究会が盛り上がる」という面は確実にあったんだよな。

でも、医者自身が事務作業をいとわず、広報力をもってしっかりがんばれば、学問の場にCM的な時間をさしこまなくても済む分、時間効率よく勉強ができる。SNS時代がどうとか、個人が発信者になる時代だとかいう話を全部真に受けるほど、ぼくはSNSを軽く考えてはいないので、企業なんていなくても自分たちで全部できるぞと胸を張って言うようなことは今後もないのだが、できれば、なんというか、自分たちのための勉強なのだから、自分たちできちんと責任をとっていきたいな、という気持ちは持ち続けていたい。雨後のタケノコのように勃興した「医師が自分たちだけでやっている研究会」はさまざまな問題を抱えていて、無数にできてはボコボコつぶれて新陳代謝が激しいが、そのうち安定するだろう。試行錯誤をくりかえすことをやめてしまってはだめなのだと思う。