2023年1月11日水曜日

病理の話(734) 柱となるかネコとなるか

体の中にある細胞にはいろんな種類がある。形はさまざま、持っている道具(タンパク質や糖脂質など)もいろいろだ。粘液や漿液(しょうえき)と呼ばれる液体を細胞の外に分泌するタイプの細胞、ホルモンを血管の中に分泌するタイプの細胞など、仕事のしかたも人(細胞)それぞれである。


で、そういう、いかにも人が道具を使って何かを生み出したり加工したりするようなタイプの「仕事」とは別に、多くの細胞に共通する働き方がある。それは「柱」や「壁」になるということだ。


重力があり運動量がかかる状態で暮らす我々人類は、いかにおいしいものを食べたからとて、重力でほっぺたを地面に落とすことがあってはならない。ちょっと走り出したら首と胴が離れました、もだめだろう。「互いにくっついて、しっかりと形状を保つ」という働きが多くの細胞に搭載されている必要がある。


細胞はある程度の硬さを持っていなければいけないということだ。これを実現するために、細胞骨格と呼ばれる物質がさまざまな種類の細胞に認められる。たとえば上皮細胞というタイプの細胞には、サイトケラチンというタンパク質が含まれており、細胞のかたちを強固に保つ役に立っている。


一方で、すべての細胞が硬く構築を保っているというのも不具合をまねく。たとえば線維芽細胞という細胞は、体のどこかにスキマが空いたらそれを補修するためにスルスルと移動して、線維という名の「土のう」を作って穴埋めする。こいつは狭いところでもおかまいなしに移動できることこそが存在意義となる、言ってみればネコ的な柔軟さこそが必要であり、強靱な細胞骨格はむしろジャマになるからサイトケラチンは持たない。かわりにビメンチンというタンパクが細胞の形をそれなりに整えてくれる。


サイトケラチンもビメンチンも、どちらもチュウ関係フィラメント……違う、それでも医師の持つPCなのか、しっかりしてくれ……中間径フィラメントというタンパク質だ。細胞骨格を担当するという意味ではいっしょなのだが、細胞にしっかりとした「柱」であってほしいのか、それとも「ネコ」的なふにゃふにゃであってほしいのかによって、骨格部分のタンパク質を変えているということである。


これらの細胞骨格を一切もたない細胞というのは少ないから、病理医は中間径フィラメントなどの細胞骨格担当タンパクに対する免疫染色をもちいて、その細胞が「本来はどういう働きをしたいやつなのか」をあきらかにすることができる。サイトケラチンが染まれば上皮系、ビメンチンが染まれば間葉系、といった感じで。

もっとも、ビメンチンが染まる細胞なんていっぱいあるので(線維芽細胞だけではなく、血球系もそうだし、脂肪細胞も染まるし、神経だって筋肉だって染まるのだ)、骨格だけで細胞の細かい差を見極めようというのもまた無理な話だ。レントゲンだけで善人と悪人を見分けることが難しいのと似ているかもしれない。