2023年1月24日火曜日

フォーメーション元に戻してくれましぇんか

感染症が猛威をふるっているときは、病棟の編成が変更になる。ほかの患者に感染を広げないためにさまざまな対処が行われ、看護師などのスタッフが平時よりも多く必要となるため、他部署の運用を縮小することで対処する。

加えて、人工呼吸器を用いた診療の数が増えると、それを管理する麻酔科医などが多忙になり、ピタゴラスイッチ的に手術にまわす麻酔科医が足りなくなる。

ほか、手術予定だった人が感染してしまい手術が延期になる、みたいなケースもある。

こういうことが全部くみあわさって、結果として、「感染症が増えると手術件数が減る」という現象が起こる。



何が言いたいか。

「第○波」がやってくるたびに病棟がしっちゃかめっちゃかに忙しくなるが、手術や検査の件数はむしろ減り、つまりは、病理医がヒマになるのである。プレパラートを見る数がだいたい1割~2割くらい減る。


かわりにこの3年でぼくは、臨床医やAIエンジニアなどと組んで論文を書いた。診断の仕事が減った分、研究をすればいい。Zoomが普及したことでオンラインの仕事も増え、国際講演も何度か行った。中国四川省、山東省、香港、ヤンゴン(ミャンマー)、そしてキーウ(ウクライナ)。

もともと、ぼくの仕事はプレパラートを見るだけではなく、他科の医療従事者たちと一緒に研究や教育をやるウェイトが大きい。プレパラートを見る数が減ったからといって、仕事がごっそり減るわけではない。


ただ……なんというか、「要」であるのはやはり顕微鏡仕事だなあと思う。

顕微鏡を用いてプレパラートをのぞきこむ仕事の絶対数が減ると、ほかにどれだけ論文や原稿やパワポを作り込んでいようとも、心のどこかが「なんとなくヒマなんだよな……」という不全な気持ちにひたる。ずっと足下が水に浸かっているような感覚だ。じんわりと寒さにやられてしびれつづけている感じがする。




昔、マンガ・機動警察パトレイバーで、後藤隊長が自宅で野球中継を見ているシーンがあった。実況が「主軸が乗ってくるとチームもうまくいく」と言うと、後藤隊長は「主軸がね。」とひとり相づちを打ちながら、篠原遊馬の不調を気に掛ける。

物語の主人公が泉野明(1号機パイロット)であることは間違いないのだけれど、チームで仕事をするときには野明のような「目立つポイントゲッター」だけではなくて、なんというか「要石」の存在が大事なんだよな、と思わせられた。


で、話をぼくの手元にもどすと、ぼくはチームで仕事をすることも多いが自分の脳だけを使って黙々と働いていることも多い。団体戦的に働くシーンと個人戦的に働くシーンでいうと4:6で個人戦のほうが多いということだ。しかし、じつは、一人で働いているように見えても脳内があたかもチーム戦のような様相を呈していることがあるなあと、ずっと感じていた。脳の中で、複数の異なる働き方をするぼくが、こなしている仕事ごとに前に出たり後ろに下がったりしながら脳内でバランスをとっている。顕微鏡を診るのが得意なぼくと、画像と病理の対比をするのが得意なぼくと、カンファレンスで臨床医たちと議論をするのが得意なぼくと、原稿を書くぼくと、論文を書くぼくはそれぞれ微妙に違うぼくだ。そして、違うぼくたちが脳内でたまにディスカッションをしていることがある。

ぼくの脳からもっとも目立つ成果として世の中に飛び出ていく仕事は学術講演であり研究会での病理解説であり、それはもう間違いがないので、脳内で一番幅を利かせていてしゃべり口調にも自信があるのは講演者・解説者としてのぼくである。脳内俺チームのポイントゲッターだ。しかし、「主軸」はそこではなくて、たぶん顕微鏡を診るときのぼくなのである。これはもう、感覚でそうなのだとしか言いようがなくて、理屈を整然と説明することはできない。



感染症禍によって顕微鏡を診る頻度が1割減るだけでチームの意気がなんとなく下がっているように思われる。そんなことではいかんぞと、原稿チームや教育チームなどが顕微鏡チームのぼくを励ましている。後藤隊長は篠原遊馬をスナックに連れて行った。言いたいことがあるのならば全部吐き出しちゃいなさいよ、と言った。あれがぼくの中でも今まさに行われている。