2023年1月16日月曜日

切ない名刺

働くふりをするのに忙しい医者というのがいる。そういう医者のなにが問題かというと、働かないことではない、周囲との信頼関係をきちんと作れていないことだ。

まわりに信頼されていないために、大事な仕事が回ってこない。したがって本人は基本的にヒマである。ただ、いつも忙しいふりをしている。ひとつの仕事をダラダラと引き延ばしたり、本当は仕事ではないことを仕事のように見せかけたり、教育を担当していないにもかかわらず若手向けのメッセージをツイッターに書いたりする。

具体的に誰かのことを思い浮かべているというわけではないのだけれど、たまに見かける人たちを数人くらい足し合わせて平均をとると、だいたいそういうことになっている。ツイッターのくだりだけは想像で書いたが、あとは現実にそういうことになっている。



なんかこいつ具体的に働かないで働くふりばかりしているなあ、という人をよくよくしらべてみると、とにかく周囲のスタッフからの評判が悪い。「あいつには任せられない」という空気が感じ取れる。働くふりをする人というのは、働きたくても働かせてもらえていない。それはたぶん無能だからではなくて、周囲に信頼されていないからだ。しかし本人はそういうときに「なぜ俺はこんなに優秀なのに仕事が回ってこないんだ」と憤っていたりする。怒るポイントが違うし、怒る相手も違う。周囲との関係はさらに悪くなっていく。

周囲に信頼されるために必要なのは別にコミュニケーション能力などではない。とにかく、お互いに「仕事上のやりとり」をしているかどうかに尽きる。過去に頼んだ仕事をしっかりやってくれたとか、逆に、過去に的確に仕事を振ってくれたとか、そういうことの積み重ねが、「職場での信頼関係」というものになっていく。プライベートの交友とは毛色が異なる。



問題となる医者には2種類あり、ここまで書いてきたような働かないタイプと、働けば働くほど人に迷惑をかけるタイプだ。前者は仕事をしていないので患者に害はなさそうだが、その分、まわりにいるスタッフたちの負担が増え、現場猫的にトラブルが積み重なっていき、患者に害を及ぼす。これに対して、後者は直接患者に害を及ぼす。ただ、医療というのもなかなかうまくできていて、直接患者に害をなすような問題は基本的に周りから指摘される。その指摘をうけてなおそのままのスタイルを崩さない医者というのも昔はいた。ヤブ医者と呼ばれるような医者は何度間違いをおかして何度周りから糾弾されようともまったく耳を貸さないものだったが、最近そういう人は激減しているように思う。みんな少しずつ繊細になっているのかもしれない。結果として、近年問題となる医者の多くは「働かないタイプ」だ。なぜ働かないのかというと、冒頭の話につながる。



ぼくはそういう「働かない医者」になるのが怖くてワーカホリック気味になっている。忙しい、すなわち周りから信頼されている証拠ですよ、と、強迫観念に返事をするようなムーブで忙しさをそのままにしているのだと思う。ぼくの仕事の忙しさは「周囲からもらった仕事をうれしそうにいくらでもやっていくこと」によって構成される。まわりとの関係が切れて仕事がなくなることが一番怖い。だからやりとりを欠かさないし、自分の体力を超えた量のタスクがあってもどこか「これでまた信頼関係が築ける」と思って少しホッとするところがある。そういうぼくを見ながらインターネットにいる知らない医者がたまに「あんなに働くなんて、ひとつひとつの仕事に対して責任を果たしているとは思えない。多忙で体を壊したら誰かに迷惑をかけてしまうのだからそういうのはよくない」と言うのだが、全く間違ってはいなくてその通りだなあと思うけれども、信頼がなくなって依頼が減って仕事が少なくなってヒマになった自分のほうがしんどいのだ。そっちのほうが体も心も壊す気がする。どっちも壊れるくらいだったら体を適度に削りながら心を保つほうをぼくは選んでしまう。正月にはだいぶ食って太った。これでまた1年くらいは削りに耐えられるのではないかと思ってホッとしている。ホッとすることが仕事においては何より必要なのだ。今日もぼくは忙しさをアピールして自分は周りから信頼されているのだということを言って回っているのだと思う。