たとえば……。
あ、今回の「たとえば」は、現実の症例を一切モデルにしないよう、かなり念入りに考えております。自分の経験だけでなく、さまざまな場所で読んだ医学雑誌の内容や教科書の話を組み合わせています。そうしないと「これ、私がモデルなのでは?」と思われてしまうからね。いいですか? そうとう考えて作った創作だということですよ。それを踏まえた上で。
たとえば、小児に胃カメラをして、粘膜をちょんとつまんでくる。それを病理医が顕微鏡で見て、「ああ好中球がいるなあ」と、「所見」を見つける。
次に病理医がやるべきことは、病理診断書に「好中球がいます。胃炎です」と書くこと……ではない。
小児の胃に好中球が出ているというのはそこそこの異常事態だ。だったらその異常を「ある」と書いて自分の仕事は終わりだと安心してはいけない。その異常が「なぜ」生じているか、仮説をきちんと形成して、主治医に連絡する。そこまでやるのが病理診断である。
ここであげられる仮説は以下のようなものだ。
・ピロリ菌がいる
・炎症性腸疾患などの特殊な病気にかかっている
・それ以外(超マニアックで個人の特定にもつながりかねないので省略)
子どもの胃に好中球がいた。すると仮説がいくつか思い浮かぶ。そしたらすぐに、数珠つなぎ的に、「仮説を検証するための所見」を探しにいく。この間0.01秒、くらいのノリである。
好中球を見つけたら瞬時にピロリ菌感染があるかどうかを追加で探す。子どもの急激な胃炎症状には、ピロリ菌が関与している可能性がある。好中球を見つけて安心してはだめだ。
で、がんばって菌を探すが、結局小さな小さな胃粘膜のカケラの中にピロリ菌は見つからなかった。
そこですかさず仮説を先に進める。
・ピロリ菌は胃のほかの場所に隠れているが、今見ている粘膜の場所にはたまたまいなかった
・炎症性腸疾患などの特殊な病気である
・その他
ひとつ所見が得られるたびに、頭の中で動かす仮説がヌルヌル変化する。ピロリ菌がいない、とわかった時点で、ついでに胃粘膜の表層にある細胞が「ピロリ菌がいるときの変化」をしているかどうかも同時に探っている。「ピロリくせぇな」みたいな像というのがあるのでそれを探している。しかし今回は、それもなかった。ピロリくささがだいぶ減る。となると……ピロリ菌以外の原因で好中球が出ていたのではないか。こうして、炎症性腸疾患やその他の病気の可能性が上がっていく。だったら次は何を探すか? Focally enhanced gastritisか? 粘膜深部の形質細胞か? 毛細血管周囲になにか所見はないか……?
病理診断は「ウォーリーを探せ!」に似ている、とぼく自身も言ったことがある。ただしウォーリーを見つけて終わりではない点が異なる。ウォーリーが滑り台の陰にいたら、「ウォーリーが滑り台の陰にいるときにほかの場所にいがちなキャラ」をセットで探すのが我々の仕事だ。ウォーリーがスーツを着ていたら、「今日はなぜウォーリーはスーツなのだろう、そうか、家族の誕生日なのかもしれない。だったら近場のレストランでそういう準備が行われているはずだ」とレストランに目を向けるのも我々の仕事だ。ウォーリーを探して見つけて終わりでよいなら機械学習で十分こなせる仕事である。その先の部分でああでもないこうでもないと考え続けることに醍醐味がある。
……醍醐味はそこにある。ただし、単純に、ウォーリーを探すのがうまい人だと、毎日の仕事のひとつひとつから無数に達成感を得られるので、それはそれで大事なことかもしれない。