2023年5月22日月曜日

病理の話(778) 広い机ほしい

ぼくは今の職場で、病理医として特に不自由なく働いているのだが、たまにお迎えする出張医や大学の先生方は、「いまどきこんな古くさい診断室でよくやってるね」という顔をする(あるいは実際にそう言ってのけた教授もいる)。


ふるくさい? そうかなあ。でもまあそうかもなあ。最近のオフィスではまず見ることのない、昭和の職員室にあったような重厚なデスクは左右に謎の引き出しがいっぱいあって、昔のフィルムの残骸やらレターセットやら外付けフロッピーディスクやらが詰めこまれている。たぶんよく探すと発煙筒とか入ってるんじゃないか(怖くなって探しましたがありませんでした)。でも真空管はあった(!)。


大きな机の上に顕微鏡がひとつ。その右側に診断用のデスクトップPCを置いている。これで最低限、診断に必要な道具はある。顕微鏡の左側は少し広めにスペースを空けておく。ここにマッペ(プレパラート入れ)を置いて、左手でプレパラートをツカミ上げて顕微鏡にのっけて観察をするわけだ。顕微鏡の右側、デスクトップPCの手前には、病理診断の「依頼書」を置いて眺めればよい。


と、デスク1個でなんとかなりそうな感じで書いてみたけれど、実際に仕事をしてみるとこれではいかにもスペースが足りない。教科書を置けないから毎回膝の上で広げることになるし、マッペ(プレパラート入れ)を複数扱おうと思うともう置く場所がない。それにインターネットに接続した私物PCを置く場所がまったくないではないか。難しい診断のときに論文を参照したり、免疫染色の検索に便利なウェブサイト(vade mecum)を参照したりするのにあたって、診断以外にもう一台のPCは必須である。


だからデスクの横に、L字の配置になるように、もうひとつのデスクが必要となる。ぼくの場合はそこにはデスクではなく、背の高い棚(デスクになる引きだし付き)を置いて私物PCを配置している。でも本当はこのL字でもまだスペースが足りなくて、メインデスクの右側の引き出しを空けてその上に板を張って、簡易的にデスクを広げて、作業スペースがコの字になるようにしているわけである。


左下に映ってるのはたぶん手と肘だが異形みたいになっててどうしてこうなった


椅子の上に載って写真を撮った。ぼくの後ろ側には本棚があって、教科書や雑誌やフラジャイルがみっちり詰めこまれている。




いまどきの病理検査室は普通、もっとオシャレなのだという。デュアルモニタがアームで釣ってあってデスクの上は広く、何十年前から敷かれている結露よけ(窓に近いから)のカーペットが床と癒着して剥がせなくなっているなんてこともない。病理医の横にはバリスタマシンが置かれており、頭脳労働にふさわしい余裕と性能を兼ね備えた、パソロジスト・コックピット(病理医の運転席)になっているのだそうだ。先日当科を訪れた某教授は言った、「院長にかけあってもう少しいい部屋をもらえるよう頼んでみようか?」それにぼくは答えた、「穴熊が気に入ってるんで大丈夫です、そんなことよりWSIスキャナが欲しいです」



人の欲望は歪み、社会の善意を受け流していく。