顕微鏡で細胞を見て、その細胞の「顔付き」から病気の良し悪しを判断する――ごく簡単に病理診断のやりかたを述べるとこうである。
ただし、見ているものは必ずしも、「細胞1個の顔付き」だけではない。複数の細胞がどのような割合でそこに存在するか(比率)、複数の細胞がどこにどれだけ配置されているか(分布)といった、「たくさんの細胞のありよう」をも判断する。
たとえば「リンパ球」のことを考えてみよう。ただし、すぐにリンパ球のことを語るのではなく、ちょっと前フリの説明が必要である。
人体には、皮膚や粘膜といった「壁」があって、内部に異物や細菌、ウイルスなどが入ってこないように厳重な防御がなされている。しかし、敵を内部に侵入させないことは大事だが、同時に、栄養を体内に取り込むこともしなければいけない。となると、「扉」を閉じたままではだめだ。あまりに厳重に防御を固めてしまうと、逆に兵糧攻めのような状態に陥ってしまう。
そこで人体は、皮膚のような場所では防御をしっかり固めつつも、胃腸の粘膜あたりではわりと防御をゆるめて、食物の吸収を行うようにしている。
となると、だれもが気にするだろう。「胃腸から敵が入って来たらどうするの?」と。
そういうのを見分けて退治するシステムが別にある。おなじみの「免疫」である。
たとえば小腸の粘膜の中には、免疫細胞がうろちょろしている。普段、その数は少ない。警備員みたいなイメージで、定期的に体内を循環しながら小腸にも目を配る、という感じだ。
そして、粘膜の中で、免疫細胞たちはさらに細かな役割分担をしている。
粘膜といっても実は分厚い。人の目からみると薄い布くらいの厚さしかないのだが、顕微鏡で見るとそこそこの厚さをもっていることがわかる。この粘膜の、一番表面に近いあたりには、「形質細胞」と呼ばれる特殊な免疫細胞がうろちょろしている。
形質細胞は、特殊なタンパク質を外敵に投げつける。これはコンビニの防犯に用いられているカラーボールみたいなもので、敵にくっつくことでそれ自体が嫌がらせとなるし、カラーを目印にしてほかの警備員たちがよってたかってやってきて敵をボコる。
カラーボール投げつけ隊は、外敵が入って来やすい、粘膜の表面部分で敵を待っている。
一方で、粘膜のもっと深い部分には、形質細胞ではなくて、B細胞とかT細胞などと言われる別の警備員(免疫細胞)がいる。
これは分業だ。免疫細胞ごとに、自分の得意とする場所を守るようになっている。
さて、前フリはここまでである。主治医が患者に内視鏡をして、小腸の粘膜を小さな爪切りみたいなものでプチンととってくる。その小さなカケラを病理医が顕微鏡で見る。
粘膜を拡大する。
いちばん表面の部分に、形質細胞ではない、B細胞がたくさん詰まっているとする。
細胞1つ1つの形にはさほど異常がないように見える。「顔付き」はあまり病気っぽくない。しかし、「表面に形質細胞ではない免疫細胞がいる」というのは異常なのだ。
ここでピンとくる。
「あっ、分布の異常がある!」
顔付きは悪くないのだが、分業体制がおかしい。
これを、見た目がわかりやすいヤクザではなく、スーツを着て一般人に擬態したインテリヤクザなのではないかと考えることで、病理医は検査を追加して、免疫細胞に異常のある病気なのではないかと診断を深めていく。
顕微鏡の倍率を上げてもわからないことがある。むしろ、全体をフワッと見て、配置や色ムラがおかしいと気づくことで、診断が前に進むことがあるのだ。