今日は病理医の誤診について。
どう説明したらいいかな……と思っていろいろ考えていたのだが、ひとつ思い付いた。山にキノコを採りに行くときのことを考えればいい。
ブナの木の下にわっさり生えているキノコを見て、「あっシイタケだ。ラッキー」と思って近寄って、なんかいつものシイタケより大きいな、と気になりつつも、
「まあ……珍しいシイタケなんだろ」
と思って持って帰って食べたら、1時間も経たずに幻覚を見ながら吐いてひどいめにあったとする(架空のエピソードです)。
お察しの通り、これはシイタケに似ている毒キノコ、ツキヨタケだったのである。
こういうタイプの誤診が、病理医には起こりうる。
いつも診断している病気。毎日とは言わないけれど、毎週、あるいは月に何度か、くらいの頻度で目にする病気。しかし、たまに、「いつもとよく似ているんだけどちょっと気になるなあ」という症例に遭遇することがある。
そこで、
「まあ……珍しい○○がんなんだろ」
なんてサラッと流してしまうと、誤診が起こる。
しかもこれ、病理医は、自分が誤診したことになかなか気づけない。なぜなら、病理診断が間違っていると気づける人は(初期には)ほとんどいないからだ。
主治医は、病理医の診断をもとに治療を選ぶ。A病ならAに効く薬、B病ならBに効く放射線、C病ならCに効く手術。その治療が、仮にいつもより効きが悪ければ、「おい……病理医さんよ、診断間違ってんじゃねぇか?」と気づくことができるだろうか?
いや、そう簡単でもない。
治療というのはいろんな理由で効いたり効かなかったりする。そもそも、診断が合っていても治療が効かないことはある。体質とか、病気のタイプの細かな差とか、いろいろな理由で。
診断が合っていたほうが、「治療の打率がいい」ことは間違いない。だからぼくら病理医はがんばって「正しい診断」を出す。でも、それが本当に正しかったのかどうかを確認するには、かなり戦略的な、テクい振り返りをやらないといけない。
なにせ、「診断は間違っていて、治療もあんまりよく効かなかったんだけど、体内の免疫の力でなんとか病気を抑え込んでいる患者」なんてのもいたりするので難しい。この場合、主治医も患者も満足しているから病理医が怒られることはない。となればこのミス、誰が気づける?
さて、話をキノコに戻そう(病理の話なのにキノコに戻るなよ、というツッコミも出そうだが)。
ツキヨタケのことを知らない人は、「なんかでかいシイタケだな」としか思えない。だから「誤診」をすることになる。
では、ぼくらはツキヨタケを勉強するしかないのだが、具体的にどのように勉強するのか?
まずはそもそも「ツキヨタケというキノコがある」ことを知る。第一歩。
それがシイタケに似ることがある、と知る。図鑑を適当に読んでいても気づかないことがあるので注意。いろんなキノコを順番に見ているだけでは、「どれとどれが似ているな」まで考え付かなかったりする。解説が細かい本を読むといいかも。あるいは、実際に間違ったことがある人の話を聞くといいかも。
そして、「ツキヨタケの中でも、とくに、シイタケに似ているパターンがあって、そういうときはこうやって見えるものだ」というのをできるだけ具体的に学ぶ。
逆に、「シイタケの中でツキヨタケに似るパターン」も知っておくといい。せっかく食べられるキノコだったのに、ツキヨタケだと思って採らずに帰ってしまった、みたいな誤診もあるのだ。
そうそう、「過去にツキヨタケとシイタケを見間違えた人は、どのような山で、どのような木の下で、そういう勘違いをしたのか」まで学んでおくといいだろう。見た目だけじゃなくてシチュエーションをおさえる。
「見間違えた人は長く歩いていて疲れていた」みたいな情報もあなどりがたい。
「夜中にツキヨタケを見ると光っている(!)からまず間違えないけれど、昼間だとシイタケと見間違えやすい」みたいな話も出てきたりする。
「シイタケ、シイタケとかき集めているなかで、たまたまツキヨタケを見かけたとき、どういう発想のもとにピンとくればいいか?」みたいな思考実験もしておくべきだ。ベテランの匠の業だってもれなく手に入れよう。
こういう訓練をこなした上ではじめて、山でキノコが狩れる。
ただし、採取できるのはシイタケだけだ。ナメタケやエノキはあぶない。松茸もやめたほうがいいだろう。ぼくらが勉強したのはまだ「シイタケに似ている毒キノコ」だけだ。
そもそも、「シロウトは山でキノコを採らない方がいい」という考え方もあると思う。
でも病理医は、「診断しなければいい」というわけにはいかない。
シロウトのままではだめだ。
誤診に備えて、「似ているもの同士」を見比べる訓練をする。「知らないとわからない」ものがいっぱいあるから相当がんばらないといけない。
IgG4関連硬化性疾患と、progressive transformation of germinal center (PTGC)と、florid variantのfollicular lymphomaを知らずに、nodular lymphocyte predominant Hodgkin lymphomaを病理診断するのは危険だし、この話をここで終わりにすると、ある程度経験のある病理医からは、「えっimmune deficiency and dysregulationは考えなくていいの?」などと突っ込まれてしまう。これらのうち一つでも知らないものがあるまま病理診断をしているのだとしたら、それはもう、毎日山でシイタケを採って暮らしている人と同じくらい危ないことなのである。