2023年7月20日木曜日

病理の話(797) 潤滑液をどう流すか

人体は精密な機構であり、たくさんの部品が文字通り有機的に連携して、同時に複数のことを成し遂げていて、しかもそれらがいちいち互いに関与しているのだからおそれいる。


一方で人間がつくりだした機械のほうにはいろいろとメンテナンスが必要で、それはたとえば歯車の軸というかシャシー的な部分にグリスを塗るとか、パイプの内側を防さび加工するといったふうに、物理刺激や化学刺激に対して「長持ちするような工夫」をいろいろやっていく。


人体においてこれらのメンテナンスが一切やられていないのかというとそんなことはもちろんなく、人体は自律的にグリスを塗ったり防さび加工したり、抗菌加工したりタイル張り替えをしたりしている。


これらの多くは「分泌(ぶんぴつ)」によって行われる。一部は常在菌の手をかなり借りることになるが、基本的には人間が、みずからの栄養を用いてさまざまな分泌物を特殊な細胞の中で生産して、自分でぶしゅぶしゅ吹き出してぬりつけているのである。人体はえらい。本人の得意なことはどんどんほめてあげましょう。


たとえば汗だが、人体の表面はもともと「水も漏らさぬ扁平上皮(へんぺいじょうひ)」によってきっちり覆われているので、外からの水分を中にしみこませない大変すばらしいシステムではあるけれど、逆に言うと中で作った汗のような分泌物を外に出すことも本来ならばできないのだ。ドアのカギも窓も閉めたら買い物に出られないのだ。で、こういうとこ本当に人体ってすごいなと思うのだが、水も漏らさぬ扁平上皮の中に定期的に小さな小さな穴をあけて、そこの下に「汗をつくる細胞」を配置して、噴水のように汗をぽたぽた外に出しているのである。うまくできている。


で、こういうイメージをするとただちに思い付いて欲しいことがあるのだが、公園や大通(※札幌)の噴水というのは、あれ、市の職員がちゃんと管理していないと、落ち葉や子どものウンコなどによってすぐに詰まってしまう。定期的に清掃が必要だ。では人体においては「吹き出し口の清掃」をどのように行っているのか? そこには驚きのシステムが! CMのあと!


(CM)


では人体においては「吹き出し口の清掃」をどのように行っているのか? そこには驚きのシステムが! まだまだ続きます!


(CM)


では人体においては「吹き出し口の清掃」をどのように行っているのか? 正解はなんと、「毛」なのである。汗が噴き出る場所に、ほかにも人体が必要としている毛根を配置して、そこからうぶ毛を生やす。毛は時間とともに伸びていくのだが、このとき、皮脂などといっしょに汗の穴の汚れをベルトコンベアのように外にかきだしていくのである。


この仕組みは非常にうまくいっていて、汗の穴の多くでは基本的につまりのトラブルがおこらない。たまにトラブルがおこるとそれは「ニキビ」とよばれる。毛穴が詰まってターンオーバーができなくなって中に雑菌が増えて、それを倒しにくる白血球の死骸による膿がたまるのである。


ぼくは個人的にこの「穴をひとつ空けたらその穴を使っていくつもの機能を同時に行ってしまう」という人体の省エネシステムがめちゃくちゃ好きだ。


十二指腸のファーター乳頭という穴からは膵臓(すいぞう)由来の膵液(すいえき)だけでなく、肝臓由来の胆汁(たんじゅう)も同時に出す。


胃の壁の中にたくさん埋まっている試験管型の「陰窩」(いんか)では、胃酸のもととなるプロトン(酸)だけでなく、消化酵素のペプシン、さらには胃粘膜保護のための粘液も同時に分泌する。


全身あらゆるところで用いる潤滑用の粘液は基本的に「MUC6」という粘液コアタンパク(意味はわからなくていいのでただ「かっこいい」と思って読んでください)を持っているが、このMUC6が全身で用いられることを利用して、MUC6を持つ細胞はその後いろいろ再利用できるように仕掛けられている(予想)。


人間の作る機械の場合、潤滑液が必要なら潤滑液を射すし、表面のコーティングが必要ならコーティングだけを購入して業者に塗ってもらうだろう。しかし人体の場合は、どれかがどれかだけの役に立つような「単純な」使い方はほぼ行われていない。いい意味でいえば「超効率的、副業大応援」だし、悪くいうと「立っている者は親でも使う」みたいなところがある。