2023年7月26日水曜日

病理の話(799) 体温のふしぎ

人間、身長も体重も表情も人それぞれで、見た目が全く同じ人というのはまずいない。双子であっても育っていくうちに少しずつずれていくものだ。

それなのに、「体温」については大半の人が36度前後で、ほとんど差がない。これはよく考えるとふしぎだなと思う。

こういう話をすると、「いや! わたしは平熱が34度5分です!」みたいな人も必ず出てくるのだが、じつはそういう人も深部体温(腸の中などで測る)は36度くらいになっていることが普通である。

それに、そもそも身長なら(極端な人は除いたとしても)上は180センチくらい、下は150センチくらいまで、つまり20~30%くらいの誤差はあるのに、体温だとせいぜい1,2度の差しかない。体温というのは極めてよくコントロールされているんだなあという印象である。


なぜ体温が狭い範囲にコントロールされなければいけないのか? この疑問に対して、おそらくたくさんの理由がある。その全部は完全に証明されているわけではなく仮説にとどまるが、以下、このブログではまとめて「そういう感じです。」というふわっとした結論でおさめる。

まず、生命の中で活動する「酵素」が一番元気になる温度が37度付近だ。化学反応には至適温度というのがあり、これをずれると活動がにぶり、効率が悪くなり、平衡が崩れる。

また、液状のものにタンパク質などをたくさん溶かして体中に配置している都合上、あまりに温度が上がり下がりしてしまうと、析出や過剰融解などの危険が生じる。これは……チョコを溶かしてお菓子を作ったことがある人だとわかりやすいかもしれない、テンパリングのあれだ。微妙な温度差で、チョコの粒子がとけたり出てきたりするやつである。


ほかにも「体温を狭い範囲でコントロールすべき理由」はいっぱいあるし、その一部は、「むしろ体温を狭い範囲で固定することを前提に、体内のあちこちに化学反応の種を仕込んである」という、因果が逆転した話にもなっていくのだけれど、この話をしていくとあるところでふと「あれ?」と別の疑問に気づく。


「たとえば昆虫とか魚とか、触っても冷たいよね? あれも生命なのに体温はだいぶ低いけど、なんで? カエルとかめっちゃ冷たいけど? 哺乳類が体温をわざわざ高めにしているのはなんで?」


体温を狭い範囲に定めるだけでなく、そもそも(深部で)37度付近という自然界よりもやや高めの温度(最近の関東東海あたりはこれくらいの気温になってしまうが……)に設定している理由はなんなんだろうか?


これについては確たる答えはまだ出ていない気がする。ひとまず、「体温が高いほうが雑菌の繁殖が抑えやすい論」というのがある。体温を上げたら上げただけ、感染の原因となる菌やウイルスが住みづらくなるというのだ。

しかしこれはちょっと雑な話で、細菌なんてものはどんな温度でも適応するやつがそれなりにいる。そう簡単な話でもないのでは……と思うけれど、あらゆる温度の中で36.5度前後が総合的に菌やウイルスの防御に向いていた可能性はたしかにある。

しかし体温を高く保とうと思ったらそれだけエネルギー消費が必要なので、生命が無駄にエネルギーを使っているとも思えないからなんらかの理屈はあるのだろう。むしろ、敵となる菌やウイルスを抑え込むというよりも、「味方になってほしい菌」にとって一番有利な温度を選んだ、という可能性はないだろうか。

大腸菌などは37度くらいが一番元気に育つ。こいつらが腸の中で為している仕事は人間たちにとって非常に大きく、粘膜の防御にも、栄養の吸収にも、免疫機能などにもバリバリ関与しているので、大腸菌にとって一番住みよい温度を維持することがヒトにとっても都合がよかったのかもしれない。

大家であるヒトは住人(大腸菌)にとって暮らしやすい環境を整備し、そこにいわゆる「善玉」の菌がすみつくことで、界隈のふんいきが特段によくなる、みたいな感じか。大家さんだって相当投資しないといけないんだよ。