2019年1月23日水曜日

病理の話(286) がんも群雄割拠する

「がん」について、この10年くらいでまた新しくわかってきたことがあるので、それを書く。


医療者はよく、「胃がんが胃粘膜に発生する」とか、「肺がんが肺胞上皮から発生する」みたいなことを言う。

この「発生する」という言葉のためか、ぼくらは「がん」がどのように出てくるかを考えるときに、まるでパンにカビが生えるみたいに、

「がんは何もないところにあるときポンと出てくる」

みたいなイメージを想像しがちである。



ところが、がん細胞をいろいろ調べていくと、どうもそういう感じではないということがわかった。

がん細胞は、細胞をつかさどるプログラム(DNA)にエラーがあるというのは有名な話なんだけれど、このエラーが1つとか2つではなくて、とんでもない数、100とか200、あるようなのだ。

正しいプログラムをもって、きちんと仕事をしている「正常のパソコン」に混じって、あるとき、異常なブログラムを搭載したコンピュータがポコンと生まれてくることを想像していたのだけれど、実際にがん細胞の中に含まれているプログラムエラーの数を考えると、「ある日とつぜん、一気に盛大にバグった」とは思えない。

100や200といったプログラムエラーを持っているということは、「長年にわたって、エラーが少しずつ蓄積してきた」ことを考えなければいけないのである。




おまけに、ひとたびがんとして増え始めた細胞も、勢力を強めていくうちに少しずつ「プログラムエラーを増やしていく」ということがわかってきた。

がんがまだ小さいときは、ひとかたまりの「がん」の中にも、どうもバリエーションがあるらしい。

ある部分を取り出してくると、「A」「B」「C」という遺伝子にエラーがあるのだが、ほかの部分を取り出してくると、「A」「E」「G」という遺伝子にエラーがあるというように、なんだか多様なのである。





このことは戦国時代に例えられている。

世が乱れて、あちこちで戦乱が起こると、さまざまな中小大名たちが登場してしのぎをけずる。

「信長の野望」でも「三國志」でもよい。戦乱時期の初期のシナリオを選ぶと、プレイヤーとして選べる大名の数が多い。

織田、今川、武田だけではない。六角、三好、大友。いずれも「大名」であり、軍備を備えていて、しばしば隣国に攻め込むという共通点を持つ。

これらは共通の時代背景によって現れた「世を破壊する可能性がある、タネ」である。

けれどもシナリオが進むと、弱小大名たちは滅ぼされ、次第に強国だけが残るようになる。

陶謙も劉焉も、袁紹さえも滅んでしまい、曹操、孫権、劉備などが残る。

最も強い国が覇権を握り、弱小国は痕跡だけを残してこの世から消えてしまうわけである。




がん細胞もこれと似た発育をすると言われている。

初期においては、がんのカタマリの中に多様性があるのだが、がんが進行していくと、カタマリの中でも「もっとも攻撃力や防御力が強かった勢力」がほかを食いつくして、だんだん多様性が失われていくらしいのだ。

もっとも、戦乱の世といっしょで、多様性というのが完全になくなることはなく、「強国」が征服したあともあちこちで「さらにちょっと変わったやつら」が次々と生まれていく。




がんはあるとき無からポンと生まれてくるものではないらしい。

そして、がんと一言でくくれるほど、がんは単純な存在ではないということだ。