手術でがんをとったことがある方はご存じだと思うのだが、手術のために入院してから手術までの間というのは、けっこう忙しいのである。
血液を採って検査を出すだけではない。
パイプみたいなものを加えてフーッと息を吹き込んで肺活量を調べさせられる。実際には肺活量だけではなく「肺がどれくらいきちんと機能しているか」を調べるので、健康診断のフーッに比べるとちょっと細かくやる。
心臓もいろいろ検査する。「手術に耐えられる心臓や肺かどうかを確認するのだ」などと言われる。
「手術に耐えられる」って言い方はこわいなあ、と思うが、実際、手術というのは患者の体力をかなり奪う手技である。お腹を大きく開かず、腹腔鏡という筒状のカメラやマジックハンドをお腹に差し込むタイプの手術が主流である現在においても、手術が患者にとって「かなり疲れる手技」であることは間違いない。だからきちんと調べておく。
そして、CTとかMRIのような「画像検査」をめったやたらと撮られる。待ち時間が長いので覚えている方もいらっしゃるだろう。
このCTやMRIで何を見ているのかというと……。
「がん」をはじめとする病気がどこにあるのか。どれくらいの大きさをしているのか。どのような臓器に影響を与えているのか。
こういったものを見ているのだが、他にも、非常に大切なものを見る。
その代表は、「血管の走行」である。
お腹の中にある臓器は、多くの血管や神経に取り囲まれている。たとえばレゴのパーツを外すように臓器を取り外すと、周りの血管から一気に出血するだろうし、神経もぶったぎられていろいろ困ったことになる。
だから、手術をする際には、「手術で採りたい部分」を切り取る際に、どのような血管を横にどけなければいけないか、どのような血管をピンセットで持ち上げなければいけないか、どのような血管を縛って通行止めにしたらよいか、といったイメージトレーニングを、画像を見ながら、かなり綿密に行う。
「主治医のセンセイは、私が入院してからというもの、ぜんぜんベッドに様子を見に来てくれないなあ」
と患者が嘆いているとき、外科医は、パソコンとにらめっこだ。マウスのホイールをずっとクリクリ回しながら、CTを何度も何度も見て、血管の走行を頭に叩き込んでいる。
どこをどう切ったらよいかを考えている。
どこをどう縫ったら出血量が少なく済むかをものすごくじっくり考えて決めているのである。
サスペンス小説などに時限爆弾が出てくる。
主人公は爆弾を見つけると「時限爆弾だ……!」などとつぶやく。
かつてマンガ「ぼのぼの」で、アライグマくんが、「なんでみんな橋を見つけたら必ず『あっ、橋だ』って言うんだよ」と怒っていたが、なぜ小説やドラマの登場人物は爆弾を見つけると必ず「時限爆弾だ」と声に出していうのか、不思議である。
だいいち、「時限爆弾」だとなぜわかるのか。
リモート起動式の遠隔操作爆弾だったらどうするのだ。
さて、その「時限爆弾」を解体するシーンで、いきなり「爆薬を抜けばいいんだよ」と言い出して、ドガッと爆弾の本体だけをぶち抜く探偵などを見てみたいが、そういうのはいない。
ゲームだと爆死エンドを見たいヘビーユーザーが最初に選ぶ選択肢だ。「いっそ引き抜いちゃえ!」→「こっぱみじんになった。 END」
たいていの場合は、「このコードを切って……このコードはダミー……」みたいに、爆弾の本体を取り除いたり、タイマーを止めるために、回線の配列を細かく検討する描写が挿入される。
あれを最初に書いた人って誰なんだろうな。もう見飽きたけどつい見ちゃう。
もちろんBGMはハラハラさせるかんじのやつ。
最後には必ず赤と青の線が残る。
不思議だ。いっそぜんぶモノクロにしておけば、見づらくて、わかりにくくて、処理する人も困るだろうに。
なぜ爆弾を作った人はそこまでユーザーフレンドリーなのだ。
(作るときに間違えないためかもしれんけど)
小説の主人公がなぜ必ずペンチを持っているのかもふしぎだ。
ペンチってそうそう持ち歩くものではないと思う。
ツッコミはこのへんにしておいて、
外科手術で臓器を取り除くときも、「臓器とか病気そのもの」はもちろん大事なのだけれど、実際には「そこに入り込む回線」の方がけっこう気になる。
体の中で血管が、動脈と静脈をそれぞれ赤とか青に色分けしておいてもらえれば、もう少し簡単なんだけど。
そう甘くはない。
最近のCT(造影剤を用いた造影CT)画像は、動脈と静脈を勝手に染め分けるプログラムを搭載していたりもする。
これを用いて、手術の前に、
「自分がこのあと手術に入ったとしたら、血管がここにこうやって配置しているんだなあ」
というのを、きちんとシミュレーションしてから、手術に臨む。
目の前には「色分けされていない血管」が、「脂肪などの中に埋まった状態で」、走行している。
これらを慎重によけて進みながら、目標臓器を、出血なく、切り取ろうというのが、手術なのだ。
ほんとたいしたやつらだよ。