2019年1月17日木曜日

病理の話(284) アップとロングの組み合わせ

体の中から手術でとってきた臓器。

あるいは、検査のために、体の中からとってきたわずかな細胞。

これらをみるのがぼくら病理医の役割である。さまざまな見方がある。

特に、「顕微鏡を使って細胞をみる」というのが有名だ。だから、世の中で病理のことを語ろうとする人は、たいていアイキャッチとかイメージ写真に「顕微鏡」を掲げる。ぼくも、講演などの際には、顕微鏡を象徴的に用いることがある。

けれども実をいうと、いきなり顕微鏡で細胞の姿だけをみても、病気の正体はイマイチよくわからないことが多い。

難しくて、実感がわかないのである。




たとえば、主治医とか患者は、「レントゲン」とか「CT」とか「胃カメラ」を用いて、臓器とか病気の姿かたち(輪郭や、模様など)を、ある程度把握している。

そこからとってきた「細胞」を病理医が観察して、主治医や患者に情報を伝えることになるのだが、これはつまり……。

「ドローンを飛ばして渋谷上空から交差点の写真をとって観察したあとに、その交差点にいた歩行者ひとりだけをピックアップしてインタビューをして、ドローン撮影者に情報を提供すること」

に似ている。

交差点でうごめく人々のダイナミズムと、歩いていたひとりのインタビューとを照らし合わせる行為にどこまで意味があるだろうか……?

や、あるんですよ。確かにあるんだ。けれども、ドローン映像のような「ロング」の画像と、個別インタビューのような「アップ」の画像をつなぐには、コツがいる。両者に関係があるかどうかを見極めるのには技術がいる。





たとえば、インタビューした相手があからさまなそり込みでイレズミをいれており、手に拳銃とドスを持っていたら、「アップ」の情報としては「ヤクザです」とわかる。加えて、ドローンでみた映像(「ロング」)で渋谷の交差点が銃撃戦になっていれば両者の関連はもうほとんど明らかであろう。

逆に、インタビューした相手が竹内涼真で、ドローン映像が女子中学生パニックであってもなんとなく意味はわかる。

しかし、ピックアップしてきた人が「幼い子ども」で、ロングの画像が「日常的な交差点の風景」だったらどうか?

渋谷の交差点の雑踏、うごめき、人々のダイナミズムは、その子どもひとりからどれだけ推し量ることができるか?

まあたぶんほとんど伝わらないと思う。





病理診断もこれに似ていて、「顕微鏡でアップして得られる情報」というのは、顕微鏡以外の技術で「ロング」を先にとらえておいたほうが、精度が高くなる。





だったらもう最初から「ロング」だけで判断すればいいのではないか、という話もある。ただ、「アップ」には「アップ」のよさがあるのだ。

アップでとらえたスーツにサングラスの男。

髪型はきちっとしているし、手には普通のカバンを持っている。一見ただのサラリーマンだ。

でも、よくよく目をこらして観察していると、ふところにプラスチック爆弾を抱え持っていることがわかる。

こいつ、一見おとなしそうに見えるけど、しばらく放っておくと交差点でテロを起こすかもしれない、ということがわかる。

その目でみると、交差点にいっぱいいる人のうち、なぜか「メン・イン・ブラック」みたいなかっこうをしたダークスーツの男が気になりはじめる。

「あれ? こんなにスーツでサングラスの男が渋谷の交差点にいるっておかしくないか?」

アップでピンときた人が、ドローンの撮影者に情報を与える。

ドローン担当者は最初は気づかない。「別に、平日の夕方だったら、サラリーマンがいっぱいいてもいいじゃねぇか」という気分で、でもまあ気になったと言われたからもう一度画像を見直す。

すると、スーツの男達のかっこうが「おそろい」であることに気づく。

……いくらスーツの男が多い時間帯だと言っても、この「おそろい」はやばくないか……?

すると「アップ」担当者からこのような情報がくる。

「そいつらみんな懐に爆弾もってるかもしれない」

「ロング」では爆弾の有無はわからない。しかし、似たような格好をした男ひとりが爆弾を持っているのならば、これだけ目に映っている男達もみな、同類なのではないか……?

そうやって、丁寧に、「ロング」の画像を見ていると……。

画面のはじのほうで、渋谷のスタバに、男達が数人入り込んで、店員に今まさに何かを話しかけようとしているではないか。

何かがおかしい。

警察を向かわせる。

次の瞬間、スタバの中で悲鳴が起こる。男達がスタバを破壊し始めたのだ。

でもすでに警察は向かっていたから、破壊行為がまだあまり及んでいない段階で、男達を逮捕することができた。

「ロング」のドローン担当が指令を飛ばす。

「そいつらと同じようなヤカラが、まだ交差点のあちこちにいるぞ!」

警察はあたりを封鎖する。それまで善良そうな顔をしていた男達は狼狽し始める……。





おいおいなんの話だよ、と思った人もいるかもしれないが。

今のは実をいうと、「早期がんを発見して治療するまでの流れ」を例え話にしたものである。

スーツの男は、がん細胞。

みんな似ているというのは、「モノクローナリティ」という性質を指す(まあ知らなくてもいいです)。

「ふところに爆弾を抱えている」というのは、遠目にはわかりにくい、細胞が持つ特有の以上を指すし、

「いずれ徒党を組んで街を破壊し始めるけれど、その前の段階がある」とか、

「一箇所で破壊が起きていたら、まだまだ周りには味方がいるかもしれない」とか、

「一度アップで悪い奴だとわかったら、ロングの検査の精度は高まる」とか、まあそのあたりすべて、例えてみた。





……蛇足だけどぼくはときおり「ヤクザの話が好きなおじさん」と呼ばれる。講演などでこの例えをよく使うからなのだが、そのためか、たまに、「ヤクザ研究」をしている方にツイッターでフォローされ、お互いにどうもどうもとおじぎをしたりする。