ぼくはどうしても、ネアンデルタール人以前に住んでいたというナントカ人の名前を覚えられない。
なんだっけ。
デニッシュだかシャラポワだか、とにかくそんな名前の人がいたという。
……だめだ、義務教育でやってない部分は何度聞いても覚えられない。
「いくやまいまいおやいかさかさ、かやおてはたかやき」。
これはごろあわせだ。
伊藤博文、黒田清隆、山県有朋……。歴代の総理大臣を頭文字で覚えていくためのものだ。意味は無いと思う。とにかく機械的に覚えてしまった。
ぼくは大学入試センター試験を日本史で受験したので、今でもこの語呂合わせだけは覚えている。ところが肝心の人名はだいぶ忘れてしまった。
いくやま、の「ま」は誰だったか。
松方正義だ。そうだそうだ。
……そうだそうだと書いたけれど思いだしたわけではなく、もちろんググった。40の頭に松方正義は残っていられない。
義務教育+高等教育というのはなんだかんだで偉大だったのだなあ、ということを考えている。だいじなことはいっぱいあそこにあったのだ。けれども今や、ほとんど何も思い出せない。ぼくは高校1年生のときに世界史だって習ったはずなのに、序盤も序盤の「アッテムト文明」みたいなところしか、もう覚えていない……。
今確認したらアッテムトじゃなくてヒッタイトだった。ッとトしか合っていないではないか。鉄とか戦車の文明はヒッタイト文明。じゃあアッテムトってのはなんだ。
ググりなおすまでもない。
アッテムトというのはドラクエIVに出てきた鉱山のある都市の名前だ。
高校よりはるか昔にやったドラクエの町の名前が混線したのだ。たぶん、「鉄」と「鉱山」あたりもフックになってしまったのだろう。
高校までの知識をこれだけ忘れておきながら、なぜ、えらそうに、「医学部を出ました」などと言えようか。
ぼくが医学部で習った知識のうち、最近使っていないものはほとんどすべて忘れてしまっているはずなのだ。
「ブドウ売る美貌の猿もカエル大」というごろあわせがある。
食中毒の原因微生物を、発症が早い順にならべたものだ。
ブドウ球菌、ウェルシュ、ビブリオ、ボツリヌス、サルモネラ、カンピロバクター、エルシニア、大腸菌……。
摂取して数時間で発症するものから、2,3日のタイムラグがあるものまで順番になっている。
これを覚えているからといって、ぼくは、あの学部時代の、感染症講義を全部覚えていると言えるだろうか?
言えるわけがない。
こんなもの、「リアカー無きK村、動力借りとう するもくれない 馬力」とか、「閣下スコッチバクローマン、てこにドアがゲアッセブルク」などと一緒だ。脳の中で、知識の本質はとっくに風化してしまい、ごろあわせの部分だけがまるで外骨格のように楼閣を形成している。
だからか、ということを、最近よく考える。
ぼくは昔よりも、人と群れるようになった。
たぶん、自分が何にも覚えていられないことを、わかってしまったからだろう。
覚えていることにしか、アイデンティティがなかったあのころ、ぼくは群れなかった。